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掌編 挽歌の水仙
神話創作文芸部 お題 〈光〉
千文字(以内)掌編
挽歌の水仙
盲目の予言者テイレシアースは「己を知らないままでいれば、長生きできるであろう」と予言した。
泉に映る自らの姿に恋をしたなるナルキッソスは、くちづけをしようとして泉に落ちて死んだとギリシャ神話は伝えるが果たして……
*
若さと美しさを兼ね備えたナルキッソスは、不用意な言動で女神アプロディーテーの怒りを書い、彼を愛するいかなる者も、彼とは結ばれないようにしてしまった。
そうとは知らないナルキッソスは、方々に光り輝く笑顔を振りまき、一層美しさを増していった。
それにより彼に恋をする者が次々に現れ、悲惨な末路を迎える事になってしまったのだが、ナルキッソスを悩ませるのは未熟な考えから来る憂鬱に終始した。
「わたしに釣り合う者はいないのか」
ナルキッソスは自分に恋した者達に憐れみを持つものの、心を痛める事も無かった。
完璧な美を自認する自分には、はなから釣り合わない相手に過ぎなかったのだと、自らが愛するに足りる者を探し続ける日々を送った。
ある日、深く水を湛えた森の泉のそばを通りかかったナルキッソスは、水に映る自分の美しさを確認するかのように泉を覗きこんだ。
そこには光り輝く自らの姿形があるはずだった。
ところが……
「そんなはずは無い! 鏡で見るわたしの顔はこんな……」
透き通るように光り輝き、花の薄紅を乗せたような美しい肌を持つ顔では無かったのだ。
どんよりと暗く、陰鬱とも言える姿がそこにあった。
ーー これもまたお前の真実の姿だーー
悲惨な末路を迎えた者達の声なのか、泉に映る自分が発する声なのか、わからぬままに泉に顔を近付けた。
「これがわたしであるはずは無い!」
驚愕に震えながら、泉に映る者の首を絞めようと手を伸ばしたナルキッソスは、そのまま水に落ち、泉の底に沈んでしまった。
予言者テイレシアースの言うように、己を知った末の悲劇だったのだろうか。
勿論泉に映った顔とは、ナルキッソスの影。ナルキッソス自身が太陽の光を遮り、そこに映った薄黒い姿に過ぎない。美に取り憑かれた彼には、ごく当たり前の事がわからなかったのだろうか。
己を知ったとも言えるだろうが、己を知らぬまま己自身に溺れた末の幼稚な悲劇だったのかも知れない。
ナルキッソスが沈んだ泉のそばには水仙の花が咲き乱れたという。
後の時代、水仙には「自己愛」「自惚れ」と言う花言葉がついた。
ーー光が強ければ影もまた濃くーー
〈了〉
◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇
○水仙の学名は「Narcissus」
ナルシシズムの語源と言われるナルキッソスのお話です。
ギリシャ神話にて、ストーリーにはいくつか説があると言われていますが、泉に映った美しい自分に恋してしまい、水に落ちて死んだナルキッソスと言う話を、泉に映った美しく無い自分を否定しようとして水に落ちて死んだと言うお話に変換創作してみました。
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![吉田 翠*詩文*](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/95218590/profile_9dba4d3876244d33cb4e6135eeeaca14.png?width=600&crop=1:1,smart)