掌編 いつも待ってるんだ
「よう、マウイ、鼻の穴は元気なんだろうな」
そう声をかけられた半神半人のマウイはニヤリと笑った。
「ぬぁんだ、銅像。俺様にその口のききかたとは、随分と偉くなったもんだな」
銅像の名はデューク・カハナモク。永遠に日焼けを堪能する男は目の前に広がるハワイの海を見つめていた。
「銅像になってから随分と時間も過ぎた。海から出たら俺は何者でもないと言っておったんだがな」デューク像は目を細めた。
「マウイ、おまえの悪戯のおかげだって事はわかってるさ」
その昔、腕のいい漁師がいた。
カヌーを操り魚の釣れるポイントを探す。釣り自慢とはカヌー自慢に他ならかない。
「俺は世界一のカヌー乗りさ」
それを聞いたマウイはちょっとだけイラっとした。「世界一のカヌー野郎と言ったらこの俺様、マウイ様だぞ」
そう思ったマウイは、いつものちょっとした悪戯をしかけたのだ。
大きく息を吸って、鼻から漁師のいる海に向かってプーッと息を吐く。
静かな海に大きく波が立ち上がり、あっと言う前にカヌーは波のてっぺんに乗り上げた。そしてサーっと滑り落ちてきた。
「どうだ怖かっただろ、泣いちゃっただろ」
ところがどっこい漁師は目を輝かせているではないか。
「ヒャッホイ!こいつはなんて面白いんだ!おーい、みんな見てくれよ、楽しいぞ」
そう言うとあちらこちらからカヌーが集まり、後に引けなくなったマウイは次々に息を吹きかけるハメになった。
「おい、いったいどうなってるんだ…… 」
「なんだこいつは!」
「おー、最高だぞ!」
こうなりゃマウイも面白くなり、片鼻を押さえて息を調整したりして、波に乗り、滑り降りてくるカヌー乗り達と遊び呆けた。
これがサーフィンの始まりだったのだ。
「マウイよ、今年の夏は初めてサーフィンがオリンピックで披露されるんだ。ずっと待ち望んでたんだ。しっかり頑張って最高の波を立ててくれよな」
「わかってるさデューク。絶好のポイントを探し最高の波を待った奴等が世界中にいるんだ。オリンピックに相応しい鼻息は、俺に任せろ」
「ありがとうよ、マウイ」
デューク像はまだ人として生き、波に乗っていた頃を思い出していた。海から出たら俺は何者でも無いと言い続けた日々。
サーフィンの父、あるいはサーフィンの神と呼ばれたデューク。彼は満面の笑みを浮かべてマウイにウィンクを送った。
すると半神半人のマウイは宗教的弾圧にあっていたサーフィンを、やっと解禁させたデュークの名言を呟いた。
「最高のサーファーとは、もっとも楽しんでいる人のことです」
「大丈夫、君の波がいつか来る」
聖地サンセットビーチの波は光りを帯びて、今日の波を迎える時を待っていた。
*
妄想←
ただ、カヌー乗りが波乗りを面白がり、後のサーフィンになったとは、実際言われているようです。
近代サーフィンの父デューク・カハナモク像は、ワイキキビーチに置かれています。
マウイ
以前神話部のコラムに書きましたが、ハワイ、タヒチ、サモア、ニュージーランドなどポリネシアの神話に登場します。
困った事を何とかしちゃう悪戯好きで愛すべき半神半人のキャラクターです。
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