七夕 一書日
ひとつ、伝わりそこねたお話をこのおばばがさせていただきましょう。
昔々、遙かに遠い霞むような昔のことにございます。
牛頭天王を本地とする、素戔男尊と申します荒々しき御仁が天の国にやってまいりました。
遠方へ赴く前に姉の大日女尊にお会いになりたかったそうにございます。
田畑の安寧を司り、また神々の衣を作り上げる幡織り所をも管理しておったのが女尊にございます。
「そろそろ衣替えだわ、大変!」
口に含んだ蚕から絹の糸を紡ぎ、八百万の神々の衣を仕立てておられます。
ところが粗暴なおこないが何かと目立つ素戔男尊に対しまして、大日女尊は怖れを抱き、なかなか心を開こうとはいたしません。
「我が弟ながら、あの者には悪心があるのではないか?」
これには素戔男尊もしびれを切らし、さりとてこのまま追われるように帰るのも心外であると、大日女尊に宇気比を申し出たのでございます。二心無いとの証をたてようと言うのでございます。
「自分の心が清らかならば男神が生まれ、そうでなければ女神が生まれる」
そこまで言うのであれば致し方無いと女尊はこれを受け、おふたりは天の安河に赴きました。
素戔男尊は大日女尊の八尺の勾玉を、大日女尊は素戔男尊の十束剣を互いに噛み砕き、互いに吹き出した息の霧から、それぞれ女神と男神を産み出したのでございます。
これにより、はからずも姉弟の間で子を成してしまったわけでございますが、あろう事か素戔男尊は有頂天になり、本来の粗暴さを顕にしたのでございます。
「勝ったのじゃ!わしは勝ったのじゃ!」
男尊が産んだのは男神。
二心無しとはこれ即ち勝利。さしずめ喉元過ぎれば熱さを忘れた暴力亭主といったところでございましょうか。あるいはただの阿呆にございます。
幡織所に糞を撒き散らす、殺した生き物を投げ入れる。あまりの傍若ぶりに女尊は嘆き悲しみ暗い岩の中に隠れておしまいになりました。
実は大日女尊の本地は日輪。このために天の国はすべての明るさを失ったのでございます。
八百万の神々は男尊を追放し、女尊に再びお出まし願いました…… が……
一度は神々を成したお二方は、契りを交わしたも同然。
男尊が心を入れ替えるのならば、年に一度は仲睦まじくお過ごしいただこうといった話になりました。
そこで七月の七日、天の安河が煌びやかに輝きを放った場合においてのみ、お会いいただく事になったのでございます。
カササギが煌めく川を繋ぐ様は、千里万里を越えて美しく輝くものでございます。流石の素戔男尊も神妙なご様子を崩す事は無かったと聞き及んでおります。
大日女尊は天照大御神。
素戔男尊は建速須佐之男命の名で後の世まで知られております。
おばばの話はここまででございますが……
受けた屈辱を忘れまいと、また彼の地で別の妻を娶った素戔男尊への半ば嫌がらせのために、
七月七日が近づくと大日女尊は密かに雨乞いをなさり、てるてる坊主を逆さ吊りにしておられたことは、あなた様にだけお伝え申しておきますゆえ、どうぞご内密にお願い申し上げます。
何が一書曰くだ。
こんな妄想失礼しました( ̄^ ̄)ゞ
ただスサノオの本地が牛頭天王、アマテラスが幡織を管理、時に自ら織っていたと言う言い伝えはあるようですよ。(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎←
そして姉弟ながら、宇気比(うけひ)によって婚姻が成立していると言う解釈もあるそうです。
なんにしてもスサノオのこのくだりは意味不明。無茶苦茶ですな(_ _).。o○
日本神話に出てくる星の神は天津甕星(アマツカミボシ)
ただし記載は少なく、服従させるべき神として描かれているようです。