掌編 孤独の果てに
神話部お題 永別
千文字(以内)掌編
孤独の果てに
たったひとりだった。
たったひとり生を受けてより、男は18000年の時を眠り続け、目覚めた時もたったひとりだった。
男の周りには混沌とした気があるだけで他には何も無かった。
「自分は何者なのか」
わからぬまま立ち尽くすと気がうごめき始めた。重い気は足元に、軽い気は頭の上へと流れるように動いていった。最初は潰されてしまうような恐怖からだった。
間に挟まれた男の耳に響く声。
「そこを守れ」
足を踏ん張り、両手を上に広げて、重さの違う気が混ざらぬように支え立った。
何日も何日も同じ姿勢を取り続けた男は、信じられない事に自分の身体が少しずつ大きくなっている事に気がついた。同時に上下の気も厚みを増していく。たったひとり、気の混じり合いを防ぐべく立ち尽くすだけの自分。いったい何のために……
また声が聞こえてくる。
「見事そこを守りきったあかつきに、お前は父となり母となるだろう」
「それは良い事なのか?」男は問うた。
「それはお前の子らが決める事だ。ただしひとつ教えてやろう。お前はそのために選ばれ、目覚めたのだ」
恐ろしい程の孤独だった。
男以外には誰もいない……いや、気以外には文字通り何も無かった。
ただ男には気を踏み締め気を持ち上げるための胆力だけが与えられていた。他には何ひとつ持ち合わせてはいなかったのだ。
どれくらいの時が経っただろう。男は支え立つ自分の身体が軋むたびに、何かが生まれ出そうな息吹きのようなものを感じ初めていた。
「まだなのか…… お願いだ。俺の力はもう……」
眠り続けた時間と同じだけの時が過ぎたある日、男はついに崩れてしまった。
仰向けに倒れたその時、薄れゆく意識の中で見たものは、青々と澄みきった気の姿だった。そして身体の下、温かい気に抱かれている事を悟った。
男が支え尽くした結果、生まれた空と大地だった。
「…… これか……」
人相がわからなくなる程の、垢にまみれた顔が微かに微笑み、半ば崩れたような目から、一筋の涙を流して男はこの世に別れを告げた。
男の最期の一息は風と雲になり、左目は太陽、右目は月になった。手足は山々、血管の流れは川となった。
声の主はいかなる者だったのか。鳥が鳴き花が踊り、多くの神々と人間が生まれ出た後に、地球と呼ばれるようになった者だったのか。
たったひとりだった。命と引き換えに天と地の永遠の分離を成し遂げた男の名が今に伝わる。
それを盤古と言う。
〈了〉
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盤古
中国神話。天地開闢の創世神とされます。
気同士の「永遠の分離」と、主人公の「永眠」なんだけど、これで「永別」と言うお題は厳しいか?(笑)でも許して😅
実際の神話に、ストーリー的にはあまり手を加えていません←
謎の声を入れたり描写を大きく膨らませたりした程度です。
天地分離の神話のひとつを紹介した感じになりました😅
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