知りたくなるのが人の常?
先日の記事のタイトルは「秘密」を使いましたが、しみじみ考えると、「秘密」って心をそそらせる魔力的な言葉ですよね。
タイトルに「秘密」と付けるなら、覚悟を持って「秘密」の内容もそれ相応に興味深いものにするべきなのですが、ミステリー風味の作品の場合、どこまで本文の中の仕掛けを明かすべきか、そのさじ加減が分からず、そもそもの仕掛け自体も勉強中、へっぽこ物書き修行中をお許しください。
実は、あまり公に書くのは微妙な話ですが、「秘密」という言葉を考えるといつも頭に浮かぶのは、友だちの友だち=つまりは他人の体験話で、真実か作り話かわかりませんが、ご興味のある方はお読みください。(自主倫理規制で脚色、ええそこをという部分の割愛しております)
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いずれの昔、某大学(女子大らしい)のある老教授が授業中に突然「私には秘密があります」と語り出したそうです。
突然の話に「????」と学生達は不思議に思って、話の続きを待っているのに老教授はそこでストップ。学生の一人が無邪気に「え~先生秘密ってなんですか」と質問をすると、老教授は「でも今は言えません」と何事もなかったかのようにさっきまでの授業に戻ったそうです。
以降の授業でも一切その話の続きはなく、秘密は謎のままで学生達は卒業式を迎えました。数年後、その老教授と教え子達との懇親会が開かれました。優雅なレストランで久しぶりにみんなと会い、会話も弾むと、学生時代の懐かしいできごとを思い出した一人の教え子が老教授に質問をしました。
「そういえば、先生が授業中にお話しされた、秘密はなんでしょうか?」
「私の秘密は……」と先生が語って聞かせてくれたのは、そんな世界があるの~的なとある性癖に関してで、写真なども見せてくれたそうです。(全員が見たのか、希望した一部の人が見たのかは不明)
大学での紳士的な教授の振る舞いからは全く想像もできないまさかの展開、まさかの趣味の世界で写真には若い女性の参加姿もあったそうです。
やっと明かされた秘密は、ほとんどの教え子にとってはno than you、でも趣向の世界は多様性に富んでいるので、「おおこれは!」と共感、興味を持った人は個別に老教授と連絡を取り、仲間入りしたとかしないとかだったそうです。
つまり授業中の謎めいた発言は、数年かけての興味を醸した上での同好の士の募集のための仕込みだったのです。在学中はあくまで「秘密」としか言っていないし、秘密の種明かしは請われたからであって、その内容も違法ではない(人の好みの問題)、その後についても直接的に勧誘しているわけでもないし、強制はしていないと考えると逃げ道はある秀逸な作戦だったようあん。
今はSNSやネットの掲示板等があり、秘密の仲間集めはいくらでも秘密裏に行えそうですが、当時は直接勧誘する必要があったのかもしれません。
いやでも教職者として、人としてもダメではないかと思うのですが。
という恐ろしい秘密が強烈に脳裏に残り、秘密というからには壮大総ファンタスティック壮絶な内容でないとダメという縛りを持っております。
と全くにおいてなんてこったい話で申し訳ございません。
*一度公開して、若干内容修正、またに非公開にするかもをお許しください。(道徳的に堂だろうという話なので)