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凧揚げと桜旅

漠然と憧れていた桜前線を追う旅は、思っていたより早く実現した。

今年の春、退職を機に念願の旅に出た。

旅のテーマは各地の名所で満開の桜を見ること、ご当地グルメを食べること、そして今まで行ったことのない県に行くこと。

ルートは、東京から広島、広島から九州へと移動し、その後は関西、四国、北陸へと北上していくプランだ。

人生で初訪問、人とのふれあいで印象的だった長崎を紹介する。

コロナ禍は自宅と職場とスーパーの行き来で、上空から見たらほぼ点にしか見えない範囲での生活だったから、その反動だろう、初日から桜にもグルメにも前のめりだった。

満開の桜を眺めながら1日1万5千歩も歩いた。仕事の日は多くて8000歩だったから、ずいぶん歩いたのだ。

グラバー園までは、路面電車を最寄り駅で降りて徒歩10分ほど、坂ばっかりだと思いながらもずっと上っていく。最後の急坂をもうひと踏ん張りするとやっと入場口へ到着した。

園内に入ると上りのエスカレータを2本乗り継ぎ高台へ着く。

桜と洋館の組み合わせが売りだが、高台から見た海と船とのコラボも長崎にいることを実感させてくれ見応えがあった。

花見の後は念願のちゃんぽん発祥の店でちゃんぽんとハトシを注文した。

店員さんおすすめの郷土料理ハトシは蝦多士と書くそうで、エビのすり身(蝦)を食パンで挟み(多士)、それを油で揚げて作る料理だそう。

ちゃんぽんは、よく知るチェーン店のものより薄味で、麺は細目のうどんのような感じだった。お好みで胡椒をかけてどうぞと言われ、私も隣のテーブルの人もしっかり振りかけていた。

そして、ハトシはサクッとした食感で揚げたパンとエビの甘さが美味しい。初めて食べたけど懐かしい味で揚げパンの香ばしさも口に広がる。

食後は腹ごなしに海に面した公園を散歩した。

青い海と緑の芝生を横目に進むと、視線の先には顔もお腹も丸々したおじさんが凧揚げをしているではないか。

正月でもないのに珍しいな、趣味なのかなぁ。聞いてみようかな、でも急に話しかけたら驚かれるかな。

おじさんと目が合い、お互い微笑む。
「ちょっと持ってて」と凧糸を握らせてくれた。

えっ、どこ行くの?
海外ではオウムと記念撮影したらチップを請求なんてことがあるらしいけど、
もしかして凧で……?

戸惑いながらも糸を介して風の強さを感じ、
どんどん舞い上がる凧を目で追った。

青空に浮かぶ凧から見たら、私はゴマ粒くらいだろうか。

凧揚げは人生初だった。

右手で糸を握りしめ、左手でジーンズの後ポケットからスマホを取り出した。
ぎこちなくカメラを起動させズームアップしたら、空を漂う凧を連写した。

上手くいった。

それにしても、おじさんはどこに行ったのだろう、帰ってくるのかなと不安になり始めた頃、「写真撮れた?」と戻ってきた。
もう一人おじさんが増えていて「もういいの?もっと揚げてきなよ」的な長崎弁が耳に入る。

物珍しそうな顔をした私に凧揚げ体験の時間をくれていたのだ。

一瞬でも疑った後ろめたさを払拭するかのように、目一杯の笑顔でお礼伝え、凧糸を手渡した。

想定外こそ楽しもうと始まった桜旅、
この先の出会いはいかに。

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