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倒産寸前の会社で働いています 第九話

6月

 基谷さんが会社を去ってから、1ヶ月が過ぎようとしていた。
 基谷さんのポジションを埋めるための浦安さんは、トラックを降りることなく、午前中は事務所で働き、午後からトラックに乗って運送の仕事をしている。
 本来であれば、浦安さんには事務所にずっといて欲しいところではあるが、社長は売り上げのことを考えて、それをしようとはしない。とりあえず、回っているからそれでいいという考えだ。こっちの仕事のことなど、考えも及ばない。浦安さんも、昔ながらの知り合いとはいえ、一緒に仕事をしてきたことがないので、どうやって社長とやっていこうか考えあぐねている感じがする。社長の気性を知っているだけに、しっかりとお伺いを立てながらやっていくスタイルだ。
 最初の頃は、浦安さんのフォローをしながらだったのでこちらもしんどかったが、だいぶと慣れてくれたので、事務所は落ち着きを取り戻していた。
 浦安さんは、きっと怒ったら怖いのだろうが、全くこちらには敵意を向けることなく、優しく接してくれている。私たちも喋りやすい。

 さて、事務所は落ち着いているが、会社の経営は全くもって落ち着いていない。
 が、知り合いに紹介してもらった金融プランナーから派生して、商工会に加入し、中小企業活性化協議会というところに、再生を支援してもらうようだった。
 その協議会から派遣されてきた、経営プランナーさんがある日、訪れる。

1回目面談

 最初は、初めましてなので、会社や社長の雰囲気などを探りにきたと思われる。庄司さんと名乗ったその人は、色々と社長に質問を投げかけていくのだが、社長の返答に思わず心の中で突っ込んでしまう。
「営業はどなたが行かれてるんですか?」
「俺が行ってます。」
——え? 行ってるの見たことないけど? 自分をヨイショしてくれる金にならん人とばっかりつるんでるやん…。
「今後どうしていきたいですか? 何かしたい事業とかありますか?」
「修理工場(トラックの)なんかは、考えてます。」
——それ、〇〇会社の人に「やったらえーやん!」って言われたからその気になってるだけ!
「なるほど、それは良いかもしれませんね。他にはありますか?」
「倉庫業とかも考えてます。」
——それも、つるんでる人が「これからは運送会社は倉庫業もできたらえーよな!」って軽く言ったことを真に受けてるだけ!
と思っていたら、庄司さんが
「倉庫業は、ちょっとどうでしょうかね。あんまり利益が出ないんで…。」
と、止めていた。
 他にも、色々と話をしていくのだが、全部人が言ったことや、こうしたら?こういうの儲かるで、と言う話を鵜呑みにして言っているだけだ。本当に、人から聞き齧ったことをさも自分で考えています、風に言うのが上手いなと思う。
——庄司さん、騙されたらあかんで……。
私は気を揉んでいた。それに社長は、何かにつけて良いカッコしいなので、後々問題にならないか、非常に心配である。
「どういうところと、取引されてるんですか?」
「あ、××会社とか、△△会社とか、大手ばっかりですよ。」
——え、ほんまに? 取引先の会社は確かに大手かもしれんけど、こっちに振られてる仕事、そこの会社さんが行かない仕事(=運賃が良くない)ばっかりやと思うで。どこか違うとこから回ってきた仕事やと思うんやけど。ほんまに、直受けしてるの2社ぐらいしか…。全然分かってなくない?
こうやって何でも、大きく言ってしまう。会社のことや運行のことを知らなさすぎる。社長なのに…。
 社長の最初の印象は、話が楽しくて親しみやすそうな人、色々と知識と経験豊富なできた人に見えてしまう。それは話術に他ならない。庄司さんも、話をしていて最終的にそう思ったようだ。
「社長であれば、すぐに動いてくれそうですね。」
「え、すぐ動くよ。みんな、動かへんの?」
「皆さん、動かない人ばっかりですよ。それが普通です。」
「なんでなん?」
「結局はこうしよう、みたいことができなくて。」
「そんなん、思ったらすぐやらんと。」
「そういう社長さんは本当に少ないですし、すぐに動ける方は普通じゃないですね。まぁ、経営者の方って、ある意味普通では経営していけないのかもしれませんが。社長のようにすぐに動ける方であれば再建していけますよ。動かないところは潰れていってますので…。」
——そうね、“指示があれば“フットワークは軽いものね。きちんとすべきことを“教えてもらえるなら”それ通りに、動くことはできるもんね。
社長は自分のことを普通じゃないと言われるのがすごく好きで、そのすごく好きな言葉を言ってくれた庄司さんに気を良くしていた。自分が会社のトップなのに、指示されてしか動けないなんて、ある意味普通じゃない経営者ではある。
 余談ではあるが、社長は自分のことを普通じゃない普通じゃないとアピールしてくることが多いが、アピールをしてくる内容に対して、さして普通じゃないと思ったことはない。自分は特別、とでも思っているのだろうかとこちらも思いながら、そうですね〜と話を合わせている私である。
 さて、この面談の中で、3〜5年の事業計画を立てて、金融機関に提出するという話も出ていた。恐ろしい話である。そんなものこの社長に立てられるわけがない。毎日の考えが日替わり定食なのに、年単位で同じ考えを貫けるとは到底思えない。現実的なことを考えられないのに、どうやって計画を立てるのか。はたまた、誰かに立ててもらうのだろうか。
——これ、うまくいくんですか?笑
関わっている、全員に聞きたかった。

帰り際に、庄司さんが社長に、
「また色々と資料をお願いすると思います。」
というのを聞いて、愕然とする。
——それ、用意するの絶対私やん…。
と思った側から、
「斉藤さんに、してもらうんで。」
と社長が言う。
——お前、ほんまは何もできへん奴って、認定されろ!!!
しょうもない仕事を増やされた私は、庄司さんの名刺をもらい、メールでやり取りをすることとなった。


第十話に続きます。

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