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「倒産寸前の会社で働いています」 第十話


 とある日、社長と話をしている中で、私にこう宣うた。
「ほんま、人手不足で1億飛んでるからな」
「…そ、うですね…」
——え、あなたの無駄遣いで、ですよね…?
「1ヶ月200万利益あったら、1年で2400万取り返せるやん」
——え、だから、その利益がないんだって…。
そもそも純利益を200万出そうと思ったら、社長と事務員の給料も差し引くことも考えて、トラック1台あたり25万の利益が必要で。その計算も、かなり切り詰めた計算なのだから、正直もっと出さないと難しい。
 今の台数では到底無理な数字だ。では、トラックを増やすのか?
 それが叶ったとして、その増えた分だけドライバーを増やせるのか?
 簡単に言うが、かなり夢のような話だ。
——まぁ、普通じゃないから経営者できるって庄司さんは言ってたけど。これは普通に計算できなさすぎなのでは?
この話に、そうですねと愛想笑いを浮かべ、対応するのもしんどいな、と思いながら日々を過ごしている。


2回目面談

 前回の面談の後、私は決算書や乗務員の入退社歴、どこの会社がどれぐらいの運賃かの表やトラック1台あたりの経費計算などなど…多岐に渡るデータを庄司さんに送っていた。
 そのデータを見た上での、今回の面談だ。
「色々とデータを見させていただいたので。結論から申し上げると」
そう庄司さんは切り出した。
「売上、この経費のかかりようだと、年間で5億いる計算になります。このままだと8ヶ月でショートしますね。とりあえず、売上を上げましょう。運賃の値上げの交渉をしてください。そもそも、いつからこの運賃なんですか? これだけ高速代や燃料費が上がっているのに、運賃上げてもらってないですよね? 開業当初から変わってなかったら、そりゃ利益も目減りしますよ。今の運賃から2割は上げてもらわないとダメですね」
——運賃を、2割も上げてもらう…だと…?
そんなこと、簡単に出来るものなのだろうか。どこも、苦しいはずなのでそう易々とはいくまい。
 だが、社長は
「そうやなぁ。確かに全然上がってへんわなぁ。分かった。行ってくるわ」
と、安請け合いしている。
他にも、庄司さんは人がすぐに辞めていることなどを指摘していたが、とにかく売上を上げましょうと言い続けた。他の会社もそれを実行しているところは、生き残っていると。確かにそうすれば、大方の問題は解決する、のだろうが。
——この社長に、そんなことができるのだろうか…?
不安しかないな、と思った私である。

 しかし、私の不安をよそに、この面談の後、社長は1週間後にはそれぞれの取引先を回って、運賃の値上げ交渉に励んでいた。(ただ旅行を楽しんでいるようにも見えたが)
 まぁ、やる事を具体的に指示されれば、フットワークは軽いので動くことはできる。
 が、帰ってきた社長の話を聞いていると、運賃交渉はどうやら難航しそうな感じだった。もちろん「いつも良くしてもらってるので、もう少し上げますね。(上げれるんだったら最初から上げてくれ)」「私たちもできる限り頑張ってみます。(頑張ったけどできませんでしたと言うのでは)」といった、好意的な反応もあったようだが、「ちょっとこれ以上は…。」「うちも厳しいのでね…。」と、やんわりと断られることもあったようだ。それはそうだろう。どこの運送会社も今のご時世、悠々と経営しているところなんてないであろうし、あったとしても、うちのような小さな会社と取引するような会社ではあるまい。
 ただ、なぜだろうか。社長はご満悦そうだった。
「〇〇会社さんも××会社さんも、上げるって言ってくれてるし、これで少しは上向くかな」
と、呑気なことを言っている。
——いや、2割上げてもらわないと、トントンにもならんって庄司さん、言ってたやんか…。
そして、たとえ、1・2社が運賃を3割上げてくれたとしても、他の会社の運賃が上がらなければ、結局ほとんど上がらない…ということが、どうして分からないのだろうか。
やはり、経営者は、普通じゃ務まらないのかもしれない。
 ただ、この1ヶ月の間に、2人入社したおかげで、少し売上が上がった(ように見える)のも、上向いたと思わせる原因の一つだろう。

 さてこの、人が入社して増える、というのもある意味厄介な一面がある。社長はやっと人が増えたと思ったら、それと同時に自分の意に沿わない人を、辞めさそうとするのだ。人手不足だと散々言っているのに、入れ替えてしまっては全く意味がない。それなのに言う事を聞かない人間は、すぐに辞めさせたがる。しかも、本当に簡単な理由で。例えば、洗車をマメにしないとか、洗い方が雑だとか。会社の資産であり持ち物なので、気持ちは分かるのだが、洗う度合いも人それぞれで、皆、自分なりに頑張っていると思うのだ。けれども、社長は自分の理想を押し付けてしまう。自身は車が好きで、自分の乗ってる車はピカピカにして当然と思っているのだが、全員がそう思うはずもない。車が好きだから運転手をしている人ばかりではないだろう。めちゃくちゃ綺麗にする人もいれば、ほとんど洗いません、という人もいる。もちろん前者はお気に入りの社員で後者は辞めさせたいリストに上がる社員だ。車を綺麗にするには時間がかかるから、それだけの時間を割いて洗車をしてくれてる人がお気に入りなのは分かるが、ピカピカにしなくとも、事故やクレームもなくきちんと仕事をこなしてくれている人を辞めさせようとするのは、どうかと思う。自分の言う事を聞かない、理想通りにいかない人はすぐに切りたがる。いつも、何を考えているのか分からないな、と思う瞬間である。
 さらに言うと、これは社長の人付き合いにも言える事だなと思う。社長にとって不都合な人や言う事を聞いてくれない人は、遠ざけているようだ。この辺りが、社長の器というかなんというか…、はっきり言ってイエスマンしか周りにいない。誰かに裸の王様と言われていたのを思い出す。きちんと意見してくれる人は、社長から自分と合わないと言って縁を切る、もしくは、その相手が自ら離れていく。
 そして周りにいるイエスマンも、大抵は上手く付き合ってるだけだ。周りにいる人は皆、こちらが客である業者さんで、イエスマンになるのも当たり前。それが仕事なのだから。ただ、自分をすごい人間だと持ち上げてくれ、こちらが客として強く言える相手が心地いいのだろう。その人たちとのご飯代は、全て社長が払っている。客側が接待されずにお金払うってどうなのか?とは思うが、人付き合いの仕方は人それぞれなので、好きにすればいいと、半ば呆れながら見ている私である。

 その後、運賃交渉に行った社長は、もう賃上げしてもらえることが確定したかのように過ごしていた。人もとりあえずは辞めさせることなく、少し人数が増えた状態だ。
けれども、月が変わってから運賃が増え上がったのは1社だけ。しかも2割とは程遠い、3%ほどであった。(それでも私はありがたいと思うが)
そんな中、またも庄司さんがやってくる。


第十一話に続きます

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