人を養うということ(社会人編)
短大を卒業後、コネで入った大企業。
みんな中途採用の優秀な人たちの中で、何もできない自分がこれからどうすればいいのか。右も左も分からないまま社会人デビューした。
そして、短大の時におつきあいした人が、鬱になった。
就職はしたが、会社の方針に納得できず、抗議したものの、うまく行かず、何かのきっかけで、やめてしまった。そして、社会復帰が難しいほどのうつ病を発症した。
しばらくは、その人の実家でいたが、次第に、私の住んでいる大阪に転がり込むようになった。その頃には、会社近くにアパートを借りていた。
うつ病というのは厄介なもので、日によって、気分が変わる。
調子のいい時は、ご飯も作れるし、買い物にも行ける。
調子が悪い時は、一日中お布団から出ることができない。
夏なんて、一歩も布団から出ず、エアコンつけっぱなしで、一日中寝たきりなんてザラだった。
最初の頃は、それも仕方ないと、諦めていた。
すぐに良くなると思っていた。
だけど、何ヶ月経っても、よくはならない。
こっちは仕事を頑張って、家賃を払って2人分の食費を出して、夏には馬鹿高い電気代を払って・・・・・。
何してるんだろう私。
プチッと何かが切れた。
電気代2万ってなんやねん!!!こちとら一番低い給料で頑張ってんのに、なに一日中寝たきりで、電気もつけず、ジメジメジメジメしてるんや!!!!もうーむりや、出てって!!!!
そういうと、ものに当たりながら、彼は出て行った。
そのうちに冷静になった私は、しばらく経ったら帰ってくるだろうと思って、待っていた。
帰ってこない。
仕方ないから近くの公園を見に行くと。
いた・・・・。
行くところなんてないんじゃない。
私も同じようなものか。
そんなある日。地震が起こった。
東日本大震災。大阪の6階建てのビルはすごく揺れた。
同じ年。おじいちゃんが亡くなった。
無性に帰りたくなった。
私、このまま大阪でいていいんやろうか。
あの人とこのままここで腐るなら、実家にいて、みんなと一緒に過ごしたい。また、、、、逃げ出した。
都合のいい言い訳を並べ立て、会社を辞め、彼と別れた。
「私とおったら甘やかしてしまうから。自分で頑張るんよ。」
違う、見放したんや、私は。また、逃げるんや。
なんて都合のいい親なんでしょう。
私に振り回されて。なんて嫌な私・・・。
その時、エウレカセブンを見ながら、何もない部屋で泣き続けた。
多分、あの時、少し私も鬱だったのだろうと思う。
何日も何日も何も食べたくなかった。何も動きたくなかった。
ひたすら、泣き続けた。
あまりに長い間一緒にいすぎて、もう体の一部になってしまったんだろう。
失って初めて気付く喪失感。一体何年引きずったかな。
数年後、彼から友達の結婚式で会おうと、連絡が来る。
チェーン店の店長をやっていて、頑張ってる。
毎月北海道に出張で行ってる。
と、元気そうな連絡をもらい、自分のことのように嬉しくなった。
よかった。・・・よかった。・・・・・本当に良かった。
まるで、自分が母親になった気分。
そうか、私はあの人のことを子供のように思っていたんだ。
守ってあげなくちゃっていう思いだけで、恋愛とは違う愛し方をしていたのかもしれない。
それだけでも、十分。
元気でいてくれるだけで十分。
生きているだけで十分。
幸せになってくれたら、嬉しいな。
今ではなんだか戦友の気分。
頑張れよ。