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#1 - 1各国のエネルギー安全保障どう?ドイツ🇩🇪編
エネルギー安全保障とは(定義)
Internationl Energy Agency (IEA)によると、エネルギー安全保障とはエネルギー資源を合理的な価格で継続的に入手するための保障。エネルギー安全保障は考慮する期間によって重点が異なってくる。長期的な安全保障は将来の安定的なエネルギー供給に向けての対策であり、再生可能エネルギー設備への投資は最たる例である。一方、短期的な安全保障は突然の需要と供給のアンバランスに早急に対応ができるかという点に重きが置かれる。
これまで
日本と同様に天然資源に恵まれていないドイツでは、長期的視座を重視したエネルギー安全保障を行ってきた。最終目標は持続可能なエネルギー供給。
そのために以下の二点を中心に対策が取られてきた:(1)主要エネルギー源であった石炭・褐炭からの脱却、そして(2)再生可能エネルギーへの移行である。一点目に関しては、1990年に約85%を占めていた石炭の割合が、現在では30%を下回っている。2018年にはドイツ最後の炭鉱が閉鎖され、2038年までに褐炭・石炭から完全に脱却することが2020年に決議されている。二点目の再生可能エネルギーの割合は年々増加しており、前回の記事で少し触れたように2021年には発電量の40%を占めるまでに至っている。その上、2011年の東日本大震災後には原子力発電の脱却も掲げ、今年2022年末までには全ての原子力発電所が閉鎖されることとなっている。ドイツの安全保障は(非常にドイツ人らしく)順調に進められているかのように思われた。
現在のエネルギー危機
しかしロシアのウクライナ侵攻を受け、ドイツは現在エネルギー危機に陥っている。主な要因は天然ガス。天然ガスは石炭の代替源として、再生可能エネルギーへの移行を担う形で用いられてきた。ドイツは天然ガス使用量の9割以上を輸入に頼っており、2020年にはその内の55%をロシアから輸入している。第二位のノルウェーが約3割を占めることを考えると、ドイツのロシア依存がどれほど高いかが窺える。
そんな天然ガスの利用は発電よりも主に熱源目的である。北国であるドイツにとって熱源は不可欠であり、事実2021年には全エネルギー使用量の52%が発熱に使われている。これは、発電に使用されるエネルギー量の約2.5倍である。2019年時点では天然ガスは全体発熱量の48%をも占めており、その内1/3以上が家庭用暖房利用である。また、今回のエネルギー危機により天然ガス価格の高騰が予想され、暖房価格は前年比の200%を上回る模様である。ドイツ政府は国民に対する様々な経済支援を継続して行う見込みだが、各家庭の経済事情に影響が及ぶことは免れ得ない。
そんな中、例年通りであれば4月には天然ガスの貯蔵量が90%前後であるところ、今年2022年4月は貯蔵量が25%を下回り、ドイツ国内に衝撃が走った。EUの経済制裁に対抗し、ロシアの管理下にある貯蔵タンクから意図的にガスが放出されたのではないかと考えられている。7月には平年通りの貯蔵量に回復したが、ドイツ国民の不安は払拭されていない。エネルギー自給率の向上に十分な注力を払ってこなかったツケが回ってきているのである。ただ、ロシアからの天然ガス及びその他の天然資源の輸入は、外交的役割があったことも否めない。東西分裂を経験してるドイツにとって、ロシアとの友好関係を築いていくことは重要な課題であった。経済関係から外交的に良好な関係へと発展していくことを、少なくともドイツ側は望んでいたことも付け加えておきたい。
ドイツ国内での議論
このような状況を受け、ドイツ国内ではエネルギー供給及び安全保障に関して様々な議論が繰り広げられている。最も議論が行われているのが、天然ガスをドイツ国内で採掘するフラッキング(fracking)の是非。フラッキングとは液圧を用いて地底深くにある岩石から天然ガスを採掘する方法で、砂岩からの採掘をconventional frackingと言い、砂岩以外からの採掘はunconventional frackingと呼ばれている。シェールガスとはunconventional frackingによって採掘されたガスの総称で、シェールガスの埋蔵量は砂岩由来のガスに比べ遥かに多いことが知られている。全世界でシェールガスの採掘を行っているのは4カ国(アメリカ、カナダ、中国、アルゼンチン)のみで、健康及び環境面からドイツ含め多くのヨーロッパ諸国ではシェールガスの採掘は禁止されている。ドイツで行われているフラッキング議論の争点は以下のようである:
反対派
地底深くへの掘削による地下水の汚染
アメリカのノースダコタ州の住民が水道水を点火するビデオが波紋を呼んだことも
周辺地域の地盤が不安定になり地震が引き起こされる
採掘の副産物としてメタンが空中に放出される
膨大な初期投資費用
元を取るためには数十年のスパンでの採掘が必要 -> 一時的な利用では済まない
再生可能エネルギー(グリーンな水素等)に投資した方が有意義である
賛成派
ドイツ国内のみでもシェールガスの埋蔵量は膨大
現在ドイツで採掘されている天然ガス量(全体量の5%)の約400倍
早ければ半年以内に稼働開始ができる
自国での採掘によってガスの価格が大きく抑えられる
アメリカからのLNG輸入は間接的にフラッキングを支持しているのと同じである
これからのエネルギー安全保障
現在、ドイツでは他国依存からの脱却がエネルギー安全保障の第一に掲げられるようになった。これまでは"エココンシャス"な人のみが興味を示していた再生可能エネルギーが、エネルギー危機に陥った今、エネルギー安全保障上最も有効なエネルギー源であるという認識が広まっている。しかし今回の問題は、数年後ではなく今年の冬が焦点であり、非常に早急な対応が求められている。
それら短期的な対策を中心にしたドイツのエネルギー安全保障は以下の通りである(注:(+)は利点を、(-)は欠点を表している):
短期安全保障=ロシア依存からの脱却
石油
EU域内へのロシアからの輸入ストップ
ドイツは2022年末を目処に計画
輸入国の多様化 (ノルウェー、アメリカ等)
石炭
2022年8月にはEU域内へのロシアからの輸入ストップ
輸入国の多様化(インドネシア、オーストラリア、アメリカ、中国等)
天然ガス
2024年の夏までにロシア依存からの完全脱却を目処に計画
EU域内でのガス使用量削減(暫定的に2023年3月末まで)
各国15%の削減を要請
具体例:部屋の温度を1度下げる=6%分のガス
ガス貯蔵量法の制定
天然ガスの貯蔵量は”ガスシーズン”に合わせて変動
ガスシーズン中(9月、10月、11月、2月)の貯蔵量を規定し、ロシアからの供給量を安定させる試み
液化天然ガス(LNG)の輸入開始
天然ガスは気体のため輸送ロスが高い -> 輸入相手は近隣国に限られる
一方、液化天然ガスであれば輸入国の多様化が可能(オーストラリア、カタール、アメリカ等)
輸入港(LNGターミナル)の建設(2023年初めまでに稼働開始予定)
(-) ガスタンカーの需要が追いついていない、との報道も...
(-) 短期的な輸入契約は出来ず、数十年単位に及びLNGを輸入せざるを得ない
北海での天然ガス採掘を開始(オランダとの共同プロジェクト、2024年に稼働開始予定)
緊急時にガス発電所を停止させる
稼働停止予定であった石炭発電所の稼働待機
長期安全保障
再生可能エネルギーへの早期移行
2030年までに、再生可能エネルギーが使用電力の80%を占めること
2030年までにエネルギー使用量を2008年比の30%削減
建物の改装を支援
ドイツ国内の63%の建物が1979年以前に建てられたもの
対策例:断熱材の使用、再生可能エネルギー暖房(ソーラー、バイオガス等)の導入、液圧平衡装置の導入等
熱源の多様化
電力ベースの暖房機器の普及
グリーンな水素の研究拡大
再生可能エネルギーの貯蔵手段としての水素
諸外国との提携プロジェクトが進行中
日照時間の長く、平野の多い提携国との協力が必要
オーストラリア:水素供給網の実現可能性に関する協働調査
西・南アフリカ:グリーンな水素製造及び輸送の可能性調査(2020年より調査開始)
データセンターの排熱利用
データセンターのコンピューター排熱を家庭用暖房に利用
フランクフルトの新築マンションで利用される予定
約1300(!)世帯分の暖房が向かい側にあるデータセンターの排熱によって賄われる
リサーチしてみての感想
エネルギー危機真っ只中のため、安全保障も日によって変わっていることもしばしばで、非常に難しいテーマでした。周りのドイツ人との議論でも、結局何が最適なのか全くわからない、という意見が多く、政権発足後すぐに戦争とエネルギー危機に対応しなければいけない新政権の大変さが伺われます。それでも、周りのドイツ人の意見が一致していたのが、再生可能エネルギーがドイツの安全保障にとって必要不可欠である、という認識。これまで再生可能エネルギーに慎重だった人たちも、今回の危機を受け意見を変えている印象です。私個人の意見としては、資源がない中取り組んできたドイツの頑張りが報われず、非常に不憫に感じられます...ただ、データセンターの排熱利用のような斬新なアイディアを実行に移してしまう点は、見事だなぁと感心させられます。これなら、日本含めその他の国でも応用が可能ですよね!