私はどうなっていきたいのか

鬱の中、展示の在廊をしている。
在廊は憂鬱だ。
退屈な時間ももちろんあるし、お客さんが見に来てくれてもうまく話せないので自己嫌悪になる。
自分がここにいない方がいいのだ、と思う。
こんなんでは作品の魅力を伝えるとか、売れるとかは遠くなってしまう、のかもしれない。
コミュニケーション無しに作品を発表したい...

ただ、自分の作品がたくさんある空間にいるのは、落ち着く。
改めて見返したり、撫でたりする。
汚れチェックしたり。

今後私はどんなものを作っていくんだろう。
どうなりたいのだろう。

在廊中、舟越桂氏について書かれた本を読んでいた。
舟越さんはどうやってああいった作品を作り続けてきたのだろう。
この作品の素晴らしさはどこから来るのか。
いいなあ、うーんと思いながら、顔を上げて自分の作品を見ると、
あーこれは売れないわけだ、
とかなんとか思う。

どうにも半端な作品、やはり言い切りが足りない。
なんだかさっきから胸焼けがして、吐きそうになる。
ぼんやり絶望している。

来週の仕事に焦りも感じている。
早く帰りたい。
ここに居たくない。

横になって何もかも考えずにダメな人間として眠っていたい。

ダメな人間でいたくない。

次はどんな作品を作ろう。

作り続けられるだろうか。

ぐるぐる思考だ。

私はどうなっていきたいのか。

1年後、3年後、5年後、10年後、20年後、
何も分からない。

脳が萎縮している。
変に体が熱い。
腰が痛い。

自分にもできることがあるだろうか。
楽しく生きていけるだろうか。

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