下積み時代の話④
現場には予定より30分も早く着いた。まだ誰もいない。結局酒で自分をごまかして寝ようとしたがほとんど眠れず、下手に寝ると最悪寝過ごしそうだから早くに家を出た。しばらく待つと大工さんが来る。大工さんは朝が早い。がっちりした体格で昔は相当やんちゃだったんだろうなと見ただけでわかる風貌。電気屋は大工さんを敵に回すと色々やりにくい。仲良くなったほうが都合がよい。ニコニコ挨拶をして機嫌をとった。随分と若い電気屋だが大丈夫なのかと不安な目でみられたが、元気と笑顔で乗り切って担当さんと仲間の到着を待つ。結局仲間は時間ギリギリにきて、開口一番、いくら貰えるのかと金の話しかしない。そりゃそうだ、みんな必死だ。安い金額だったらこのまま帰ると足元見られて、そこはまあまあこれから打ち合わせするから待ってくれと担当さんがくるまでなんとか繋ぎとめた。担当さんは結局待ち合わせ時間を過ぎてから現場にきた。図面をみながら詳細を詰める。大工さんは電気の工程が遅れていることにイライラしていた。本来ならもうとっくに電気の工程が進んでいないといけない状況だった。打ち合わせが終わる。なんとかいけると思った。あとは労務でいくら貰えるのかだった。あまり安いと仲間が帰ってしまう。部材はもう金まで借りて注文してる、どう話を切り出していいかめちゃくちゃ迷った。担当さんが帰る間際に、労務の話をした。4人で10日はかかる積算だった。寝ないでやれば10日はかからないだろう。60万貰えれば、仲間も帰らずにとりあえず今の危機的状況を乗り切れる算段だった。見積もりは部材30、労務60で提出していた。担当さんにズバリで金額を言った。
見積もり通りでやれるとふんだんですが、現場の状況をみるに追加の工事もあります。日程的にかなり厳しそうなので追加分含めて税抜で100万程度みてくださいと。
担当さんは間髪入れずに大丈夫ですと言った。気が抜けた。詳しく聞くと今回は社長さんが幾らでもいいからやらせてやれと話をしてくれていたらしい。安堵の気持ちともっとふかして言えば良かった気持ちとで複雑な気持ちだった。とにかく道は見えた。あとはとにかくやるだけ。仲間に金額を伝えた。10日で20万。お前マジかよ、そんなに貰っていいのか?給料が20万しか貰えてないんだから、そりゃみんな嬉しい。今回の現場は、こんな状況でも来てくれた仲間だ。きっちり分配したい。そうすればまた次がある時に助けてくれる。とにかくみんなでなんとか頑張ろうと自分と仲間を鼓舞した。すぐに部材を取りにいき、作業を進めた。
最初は順調だった。3日目の朝に、一人来なくなった。連絡をしたが繋がらない。思い当たる節はあった。初日から大工さんと馬があわず、休憩のたびに愚痴をこぼしていた。会社に居た時からそれが普通のやつで、悪気があるわけじゃないんだが、どこの現場に行っても他業種さんとうまく馴染めないやつ。無口で寡黙で丁寧に仕事をする姿を見てたから俺は一番信頼していた。悪い癖でわざと聞こえるように現場で愚痴をこぼすのが球に傷だった。あれこれ考えてる暇は無かった。とにかく現場を少しでも叩かないと。残った仲間と二人。愚痴も言わずにがむしゃらにやった。あいつなんでこないんだろうな。何度も思ったが口には出さなかった。深夜まで、黙々と作業をして、その日の帰り際、残ってくれてる仲間に話をした。このまま二人だとかなり厳しい。最後までやり遂げたいし、金も欲しい。最後までやれば充分な金も手に入るし、次も現場が貰えるかもしれない。本来なら居酒屋でも行って疲れを労いながら、夢を語って話をしたかったが、金も体力も残ってない。とにかく自分の思いを伝えて帰宅した。
現場はきっちり、10日で完成した。4日目からは二人で朝から深夜まで作業をした。終わったときには、本当に嬉しくて、汚い格好のまま二人でハイタッチして喜んだ。検査が終わると同時に居酒屋でお疲れ会をした。部材30でみていたところをケチっておいて正解だった。たった二人で最後までやりきれたこと、めちゃくちゃな重圧から解放されたこと、お互いの夢を語り、わけがわからないくらい酔っぱらった。最高の時間だった。
次の日、完成させた充実感を胸に工務店に向かった。入金はまだまだ先だったが、とにかく社長にお礼と完成の報告をしたかった。良い点数をとったテストを親にみせるあの感覚に近いものがあった。応接間をノックする。社長は報告をするといつもの笑顔で自分のことのように喜んでくれた。ちょっと待ってろと席をたつ。出されたコーヒーを飲んで待つ。5分くらい待っただろうか、社長が封筒をくれた。
これは餞別だ。とっときなさい。今回は厳しい現場を収めてくれたと報告を受けた。ウチにとっても有り難かった。これからもよろしく頼むよ。
そういってゴツゴツの手と握手をした。なんだかその場で封筒の中身をみるのが悪い事のような気がして、車に戻ってから封筒の中身をみた。120万入っていた。何度も数えた。120枚ある。会社の駐車場から会社に電話をする。社長に繋いでもらった。間違えてないですかと聞く俺にいいからとっときなさいと言ってくれた。また泣いた。すぐに仲間に連絡をした。最初は寝ぼけていたがめちゃくちゃ喜んでくれた。お前マジですげえな、次もあるならやるからいつでも言ってくれよ。すげえすげえと連呼する仲間に本当に嬉しく、なんとかなったんだと達成感と安堵感でいっぱいだった。
すぐに支払いを全て済ます、それでも40万近くは手元に残った。未払いだった給料2ヶ月分。わずか10日で手に入った。これならやれる。自信もついた。社長さんの所の他にまだ連絡してない受注先もある。光がみえた気がした。
家族に報告したい。実家に居るのはわかっていた。子供に会いたい、あの日の事を嫁に謝らないと。仕事でいつまでも誤魔化しているわけにいかない。
いくら電話をしても出ない嫁の実家に向かった。