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ねえ、「君」は、実は君のことなんだ

noteって知ってますか?

聞かれて一瞬、不自然な間ができた。ああ、聞いたことある、と答えた私の声は少し上擦っていたかもしれないけれど、目の前の後輩は気付いていないようだった。知ってる、私もお茶っていう名前でnoteやってるよ、とは、何故か言えなかった。

仕事が終わった後、喫煙所の横にある自動販売機で缶コーヒーを買おうとしたら、煙草を吸いながら熱心にスマホを覗き込んでいる後輩が目に入った。相変わらず睫毛が長いな、なんて思いながら自販機に120円を投入していた私に気付いた後輩が、お疲れっす、と頭を下げた。お疲れ様、何見てたの?と何の気無しに尋ねると、後輩が言ったのだった。noteって知ってますか、と。

聞いたことある、と答えた私に、後輩は、笹原先輩も知ってるんすね!noteどんどん広がってますもんね!と、嬉々として話し始めた。自分、note読む専門なんですけど、けっこう読み応えのあるものが多くて熱中して読んじゃうんすよね。笹原先輩も読んだことないなら是非読んでみてくださいよ!

へえ、そんなに面白いんだ。どんなの読んでるの。第一声でnoteを書いていると言えなかった私は、そのままずるずるとnoteを聞いたことがあるけれど読んだことはない人の役を演じ続けることになった。

最初は有名人の書くものばかり読んでたんですけど、最近は一般の人の書くものにもハマってて。そうだなあ、笹原先輩におすすめしたい記事、送るっす!

後輩は手早くスマホを操作して、すぐに私のスマホにLINEがぴこんっと届いた。

何となく嫌な予感がしていた。私のこういう予感は当たってしまう。後輩が送ってきたURLをクリックすると、私が少し前に書いた恋愛エッセイが姿を現した。

...へえ。これって恋愛の話?こういうのも読むんやねえ。

最近ハマって読んでます!今笹原先輩に送ったやつはバチバチの恋愛エッセイなんすけど、この人は恋愛以外の記事も書いてて、なんか淡々としてて癖になるんすよね、お茶さんっていう人なんですけど、おすすめに出てきて読んでみたら意外と次々読んじゃって。

お茶さん、と、後輩の声で私のユーザー名が耳に届く。へえ、お茶さんって、声に出すとこういう響きなんだ。変に冷静になって、お茶さんって改めて変な名前だな、などと考えた。でも今更、無邪気に記事をおすすめしてくる後輩にお茶は私です、なんて死んでも言えない。

先輩も是非読んでみてください!先輩あんまり恋愛のイメージないから、敢えて恋愛エッセイ送ってみました!にこにこと私に笑う後輩が憎らしくて愛おしい。仕事でしか会わないんだから恋愛のイメージなんてつかないでしょ、とギリギリ返事をして、じゃあまた明日ね、と逃げるように喫煙所を後にした。


喫煙所が見えないところまでひたすら歩いて、やっと缶コーヒーを飲み干した。とても喉が渇いていた。この後ろめたさはなんだろう。note書いてるよ、お茶っていうアカウントで。という一言が何故言えなかったのだろう。きっとそれは、目の前の後輩のことをnoteに書いたことがあったからだった。普段のかっこつけた私が口にすることのない、いろんな愛をお茶が素直に文にしているからだった。

ぴこんっ、ぴこんっ、と、スマホが鳴った。さっきの後輩からだった。またおすすめの記事あったら送りますね!という一文と、敬礼をした変なキャラクターのスタンプ。

ああ、かわいい後輩だなあと思う。お茶は私だよ、なんてとても言えない。君にとっての笹原先輩は、実はお茶さんなんだよ。君が送ってくれたnoteのURL、そのエッセイの「君」は君をモチーフにしたよ、なんて一生言えないだろうな。かなしい。愛を直接伝えられない愚かな自分が死ぬほどかなしい。

それでも、君が私のnoteを見つけてくれたことが嬉しいなんて、私はどうかしている。お茶が私であると知らずに私の記事を見つけ、文が好きだと言ってくれたことが死ぬほど嬉しい。フォロワー230人は決して多くはないけれど、もしかしてその中に君がいるのだろうか。調べたくもない。

私は笹原先輩として君と仕事をして、お茶としてこれからも文を書くのだろう。

note書いてるよ、と言えなかったのは、私の本当の気持ちを知った君に引かれたり離れられたりするのがこわかったから。私はいつでも自分を守ることを最優先させていて、私はいつでも自分がいちばんかわいいのだ。嫌われたくない。引かれたくない。

それでも、いつかは君が知る日が来るのだろう。いつか君が私の素性を知ったときに、絶望するのだろうか。それとも、笹原の意外な一面なんだと受け入れてくれるのだろうか。弱い私は、その時を出来るだけ先延ばしにしたいな、なんて思っている。










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