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トロピカル


ぶぉぉぉおんとドライヤーが音をたてている。真っ直ぐな髪を適当に手ですきながら、ひたすら事務的にドライヤーを当てる女が、大きな鏡に映っている。幼い瞳。伸びた前髪。いつも半分噛んでいる唇。自分のどこを探しても「大人」が見当たらない。うつむくと、足の甲はサンダルの形に日焼けしていて、おまけに擦り傷が二箇所もあった。不健康な色に爪が反射している。自分の好きなところを集めてやっと息をしている私は、こんな時、自分のどこを好きになれば良いのだろうと思う。


髪を乾かすだけのたった数分で、自分のことなんていとも簡単に嫌いになれる。


◇◇◇


そういえばまた、予感が当たってしまった。

ぼんやりしているのに、気付きたくなかったことまで息するようにすっと感じ取ってしまうことがある。それは大体、日常の違和感で、芽生えた不安で、恐れ。嫌な予感は、現実になる。


一瞬だけ交錯した視線と「おはよう」の一言の音色で、この二人は恋人になったのだと気付いた曇りの日の朝。

最近笑い方が不自然な気がするな、「元気」の方向が前と違うな、と、観ていて苦しくなってきた矢先、表に出てこなくなったユーチューバー。

この人心配だな、急にいなくなったりしそうだな、と心配になる人は、大体みんな同じ顔のつくりをしている(実際の顔は全然違うけれど、私の目にうつる形がほぼ同じなのだ)し、彼らは本当に突然私の前からいなくなる。

妙にはしゃいでるな、目が泳いでるなって思ったら必ず何かを隠している。

表面上はニコニコしていても、この二人実は不仲だな、というのも察知してしまう。

文章だけを読んで、この人には人並み以上に無自覚な悪意があると気付いて、出会ってもいないのに遠ざけてしまうことがある。


全部、気付きたくないのに、予感は当たる。見たくない。そんなところまで見てしまう自分は、簡単に言ってしまえばキモい。余計な推測も詮索もしないで、楽しい側面だけを鈍感に楽しんでいたいのに。

ふと顔を上げた先に香るのだ。知りたくもない予感が。


予感のお陰で、私は少しだけバリアをはることができる。じわじわと傷つく準備をして、私はまたひとつ諦める。あの人いなくなっちゃったな、やっぱり消えてしまったな、と。

今、私が心配している人はどうか消えませんように。と思っていてもきっと何かあるのだろうな。これから。残念ながら、私はその予感を覆そうとする力も気持ちの強さも持ち合わせていない。朝、生温い階段で出会ったあの人の目尻のしわのことを考えて、あ、突然消えちゃう人の顔のつくりだなって悲しくなった私のことなんて誰が理解してくれるのだろうか。私でさえ理解したくない。

消えないで。そんな顔して笑って寿命縮めなくていいから、もっとふてぶてしい顔して生き延びて。なんて、口にできる日は来ない。


◇◇◇


熱くなったドライヤーを置いて、すうっと深く息を吸い込んだら、どこからか夏の潮の香りがした。さらさらに乾いた髪を見て、自分のこの髪は好きかもしれないなと思う。あ、トロピカルジュース飲みたいな。これが私の生きる選択でも構わない。





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