色々なクセ

「クセが強いんじゃ〜」

「クセ」という言葉、このセリフを聞くと、皆が脳の片隅、
いや、脳のド真ん中にとある成人男性の顔が思い浮かべられるだろう。

そう、千鳥のノブさん。

千鳥ノブさん発案の、このツッコミは、瞬く間に、若者だけでなく多くの日本人に伝達し、流行と化して、生活に充満し、市民権を得た言葉となった。
本当に千鳥ノブさんには脱帽であり、尊敬であり、妬みである。

話が変わるが、
最近では、SNSを見て、その中の何かに引っ掛かって、
悪口を言いたくなるなんて時期は過ぎた。
この投稿をしている人にも多面的な所は絶対あるし、
これだけで判断する方がナンセンスだよなぁ〜、なんて思う。
みんなもそうであろう。
敬愛する小説家朝井リョウがインタビューで言っていて感銘した意見で、
「冷たい視線や冷めた意見は結局公約数にしかならない。」
と言っていた。
誰でも思いつく意見が、冷めてる意見でしかない。
それ以上でもそれ以下でもない。
そんな意見は誰でも思いつく意見。
それは特別性でも個人的な意見でない、鋭くもない。
ただの最大公約数でしかない。

しかし、そういう思いを抱いてる自分でも、
偶にSNSである投稿だけがすごく気になる

それは、

「本当うちら個性ありすぎぃ〜」
「マジで、俺らキャラ濃い奴らしかいない笑」
「個性のぶつかり合い過ぎる笑」

は?
え??…は?
え。は?
個性があり過ぎる?キャラが濃い?個性がぶつかり合う?
は〜あ。個性個性個性特別個性個性個性特別。やめとけ。

十人十色って言葉知ってる?
この世の中の人間は誰にでもあって当たり前なのが個性って知らないの?
その生きてる個性やキャラに、濃淡なんてあるの?
個性が嫌でもぶつかり合ってるのが人間じゃないの?
まぁ、こうは言っても本人達が楽しいなら良いし、大事な友達や恋人に会って、その人達を大切に思えるのなら全然良い。
でも、偶にいる自分の周りや自分だけに強い個性があると思っていたり、極端に個性がなくちゃいけないと思っている人たち。
そう言う人たちに限って、頑固に周りとの境目を引いて、個性あり個性なしで人を判別し始める。それが強い差別感情に似る時がある気がする。自分の作ったその境目や感情が、最終的に自分を苦しめる檻になるとも知らずに。
時代的にも、集団ではなく、個人の名前で働けるようになっているし、SNSでもこの間まで、ただのクラスメイトだった人が、違う世界に行ってしまったような錯覚に陥る投稿をして、それを自分とは異色なものと感じてしまう。

何かに追われて、人とは違う事を願ってしまう。
人と違くないと、人と違くない人たちに埋もれてしまうと思ってしまう。
あの人にはセンスがあって、この人にはない。
あのグループには面白い人達が多くて、そっちのグループは白けてる。
あの人は個性があって、自分にはない。
自分には個性があって、あいつにはない。

そんな訳ないのに。
個性が誰かにある、誰かにない。そんなことはない。
個性なんて生まれた瞬間に貴方にある。生まれつき誰にでもあるものだ。
だから、焦る必要なんてないし、そもそも誰かと比べる必要もない。

あの人にも、この人にも、その人にも、何かしらの色はある。
だから、自分と他者の差別化を図るために、目立ちながらも綺麗な色を無理に自分につけようとすると、自分の元々持ってた色と混ざって変色するし、汚くなる。(もちろん見た目の話ではない)
それに加え、自分から無理に変えようとしなくても、
個性という色は変わっていくものだと思う。
それは、無意識の内に自分のペースで変わっていく。その要因は経験や環境だろう。
焦る必要はない、他者と他者、他者と自分を線引きして差別する必要もない。
何億通りもある色を楽しんで、横一列で楽しめば良い。


僕のアルバイト先は、基本おじさんとおばさんしかいない。
社員さんは若くて美男美女であるが、バイト・パートは、
23歳の僕が一番若いのである。
その、アルバイト先に変わった50代のおじさん(kさん)がいる。
そのKさんは、僕がそのアルバイト先に入った時、
とても優しく指導して頂いた1人であり、色々教えてくれていた1人で、
異様な空気を放っていたのも間違いなく彼であった。

そんな、Kさんと話す機会があり、Kさんのパーソナルな事を聞いた時があった。
Kさんはランニングが趣味であるという。
最近になって、2人で話をするタイミングがあり、またそこでもランニングの話題になった。
「最近も、ランニングしてるんですか?」
「いやぁ、最近は出来てないなぁ。。」
「あぁそうなんですね。」
「少なくても10kmしか走れてないからねぇ」
「……10kmしか?」

間を置いて10kmしか?としか言えなかった自分が憎い。猛省。
Kさんにとって、10kmランニング走ることは、出来ていないの範疇なのである。
マラソン選手でもやってたのかと思った。
「ここ働く前は何してたんですか?」
「僕製造業なんだぁ」
「…そうだったんすねぇ」
…製造業そのもの??
言葉が足りてないだけなのか、それとも製造業を具象化させたのがKさんなのか。
戦後から今まで日本を反映させた要因の一つは、Kさんそのものだったのか。
いや、絶対言葉が足りてないだけだ。

話はランニングの話に戻り、
「少なくても1日20kmは走りたいんだよねぇ」
「へ〜すごいっすね」
彼の出す手札に対して、さっきから、こちらは何も出せていない。
まだKさんの話をします。

Kさんは犬も飼っている。その仕事終わりは必ず散歩に行くらしい。
働いて、ランニングして、犬の散歩。
(これだけ見ると幸せそうで憧れそうだが、会って話したり、一緒に仕事をすると全くと言って良いほど憧れない。それがKさん。これは理屈ではない。)
ただ、Kさんから犬好き感が全く伝わってこない。
犬好きな人が持ってる特有の我が犬の共有したい感のある話は全く聞いた事ないし、何ならバイト先にあるKさんが書いたイラストに描かれているのが猫だからだ。
このイラストというのは、空いたダンボールの潰し方を記したイラスト、捨てる時に片付けやすい畳み方があり、そのイラストがあるだけで大分片付けに掛かる手間が変わるので感謝はしているが、犬飼っているKさんが作ったそれには、猫が描かれている。
しかも
「この方が畳みやすいニャ〜」という何とも有難いセリフつきだ。
おさらいするが、Kさんは50歳後半で細身で可愛くないおじさんである。

なぜ猫なのか?
これは、自分も他のパートのおばちゃん達も社員さんも気になっていた。
だが聞けない。でも聞きたい。
私は勇気を出して聞いてみた。
「このイラスト描いたのKさんですよね?」
「そうだよぉ」
「Kさん犬飼ってるのに、何で猫にしたんですか?」
「猫も好きなんだよぉ」
「そうなんすね〜。じゃあ猫飼ってたんですか?」
「いや、飼った事はないんだけど、作った事はあるよぉ」
「…え?…へぇ、そうなんすねぇ」

作った事はある!?!? 生殖したって事?? 
猫を生み出せる人間と俺は一緒に働いてる。。。

ダメだ、この人やっぱりクセが強すぎる。。。

後日改めて、猫を作った発言の真意を聞いた。

「あ〜、それは、可愛い猫の画像を集めて粘土を買って、画像を参考にその猫を粘土で作ったって事だよ(笑)」
「そういう事だったんすねぇ(笑)」
いや、納得できるか!!!そういう事とは言ったものの謎が深まった!!
製造業って猫を製造してたこと、言ってたのか??
点が線になった!!!いや、なってない!!!

それ以降Kさんとは業務連絡しかやりとりをしていない。まだ未解明な部分が多い。今回は、Kさんだけが登場したが、そのバイト先にはKさんに負けないくらい色々な人がいる。
やはり、この世にいる人間全員にその人しかない色がある。
この世のクセが一番強いんじゃ〜。

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