1日1組限定。築150年 国の登録有形文化財「白藤」|長野ホテル
1日1組限定のお宿。
って、新型コロナウィルスが流行してから、なんだか増えた気がします。こういったお宿は、決して安くはないですがそれだけの、なんならそれ以上の体験価値があるものです。
それって、つまりある意味では「一定以上の魅力がある」と最初からわかっているようなもの。そりゃいい宿だよねって。
それでも私にとって「白藤」は、本当に宿が好きな人だけに、特別におすすめしたい宿なんです。
その理由は、1日1組限定のラグジュアリーさではなく、
建物のそのものの佇まいと、白藤でないと生み出せない空気感にほれ込んでしまったから。
約150年前に建てられた白藤。
国の登録有形文化財で、「江戸時代の武家屋敷」「明治時代の洋館」の2つの建物が中庭を取り囲むように作られています。
そんな歴史性のある建築に、白藤のある須坂出身のオーナーさんの想いがかけ合わさって、「白藤」の魅力が最大限に引き出された最高なお宿なんです。
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信州須坂。長野駅から電車で15分ほど。
「蔵の町」とも言われるこの地域は、明治から昭和初期にかけて製糸業で栄えた商家が多く、立派な土蔵や大壁造りの建物が残っています。
白藤は、須坂は随一の豪商だったそう。
少し鄙びた駅から歴史的な建築物が点在する須坂を15分ほどそぞろ歩きをすると、今日の旅の目的地「白藤」にたどり着きます。
入口の暖簾をくぐると、
濃いピンク色の百日紅と、木々の深緑のコントラストが出迎えてくれました。
後ろに広がるのが、薄暗い空間が中庭です。
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白藤は江戸時代の武家屋敷と明治時代の洋館の2つの建物から成り立っています。
というのも、須坂藩の要職だった浦野家がつくった由緒正しい武家屋敷を、明治後期に丸田医師が取得して、そこから洋館を増築して診療所と利用してたんだとか。
中庭には白藤の名前の由来となった、樹齢100年を超える日本古来の花木「白藤」がゆったりとたたずんでいます。5月になると、風に揺れる白く可憐な花が下垂れるそう。
そして、藤棚の奥に見えるのが、母屋と洋館をつなぐ渡り廊下。お風呂上りに、この縁側でたたずむのも気持ちがよくて、おすすめです。
江戸時代の武家屋敷
明治初期につくられた武家屋敷(母屋)は、重厚でありながらも、日本建築の軽やかさと、陰翳礼讃な空間美を持ち合わせています。
丸田医師の一家が暮らしていたころ、表玄関は家の主しか通ることが許されなかったんだそう。
すりガラスが発光している空間は、どこか凛とした気品のある空気が漂います。続くダイニングテーブルのある部屋も、少し暗がりのぼんやりとした照明の輪郭の影がなんとも言えない雰囲気を醸しています。
母屋には、5つの部屋があります。玄関の間、ダイニングテーブルの部屋、ローテーブルの部屋、そして寝室とキッチン。
部屋ごとにテーブルが置かれ、1つ1つの部屋として使われていますが、襖をあけると1つの大空間を感じられ、白藤に足を踏み入れた瞬間、まずその広さに驚きます。
空間を壁ではなく、襖で仕切るやわらかい空間づくりは、日本建築ならではですね。
寝室は一番奥にあり、他の部屋よりも高い天井から吊るされたペンダントライトが暖かい光で満たしています。
部屋はまったくの武家屋敷なのに、置かれている家具は洋でも、マッチしてしまうのは白藤の懐の広さなのでしょうか。
廊下の突き当りを曲がると、縁側のような通り廊下に。
廊下を渡って、洋館へと向かいます。
明治時代、診療所だった洋館
洋館にはベッドルームが2つと、リビングとキッチンの4つ部屋があります。昔の診察室が、今は寝室やリビングとして使われているのは、不思議な感覚です。
隣あっている寝室は、額縁のような装飾が施されているサッシが相まって、まるで鏡のよう。ほんとうに物語の中に迷い込んでしまったみたいです。
細部にわたる丁寧にデザイン。各部屋ごとに異なる漆喰細工が施された天井。どちらも、須坂に腕のいい漆喰職人が存在したからこそつくれたものだそう。
夜になると、すりガラスに映る植物の影がより濃くなっていきます。落ちついた空間なのに、まるで小説の中に入り込んだような高揚感で満たされていきます。
ぼーっと、一息ついて、仕事をするでもなく、本を読むでもなく、白藤の持つ建築的な美しさに、惚れ惚れと見入ってしまいます。
洋館で、想いのままに、過ごせる。なんて贅沢なんでしょうか。
白藤でないとできない時間を過ごしてほしいから
1日1組限定ゆえの、オーナーのセンスとこだわりを感じずにはいられない調度品たち。私たちが白藤で過ごす時間の質をぐんっと、あげてくれます。
洋館と和室両方にあるキッチンに置かれている陶器類は、夫婦でやられてる陶芸作家さんの作品。洋館には、白く優しい器たちが、
母屋には、素朴な色合いと絶妙なゆるい形。ぽくぽくした感じがとてもかわいらしいんです。
母屋と洋館、それぞれの雰囲気にあった陶磁器たち。こういったこだわりのアイテムが、宿の個性をになってるんじゃないかと、思うんです。
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私、宿の寝巻って、宿の世界観に入りこむための重要なアイテムだと思ってるんです。
白藤の寝巻は優しい気持ちになれる不思議な肌触り。
麻のような軽やかさでありながら、ふにゃっとやわらかい生地感。ワンピースタイプで、すっぽり包み込んでくれる安心感があります。
丈はかなり長くて、夏場はワンピースだけでも大丈夫そうです。
これだけ立派な建物で、心穏やかに過ごすためにゆるっとした寝巻は、本当にぴったり。多分、浴衣だと、それはそれでちょっと逆に固くなりすぎてしまうと思うんですよね。
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アメニティは、長野生まれのヘアケアブランドのラ・カスタ。
入浴剤には、地元の酒蔵「遠藤酒造所」の酒粕を包んだ、オリジナル入浴剤が置かれていました。
ホテルや旅館に当たり前に用意されているアメニティ1つにも、白藤に置かれている理由があり、オーナーさんの手によって、白藤のストーリーとして構成されていることが、とてもいとおしく感じられます。
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須坂のショールームでありたい
白藤にある多くのアイテムは、須坂出身のオーナーさんが集めて選りすぐられたものなのですが、個性的な彼らが白藤の滞在をもてなしてくれます。
オーナーさん曰く「白藤に来てくださる方は、信州の観光も勧めたいところはいっぱいあるけれど、きっと白藤の中で過ごしてもらう時間が長いと思う。だから白藤が須坂のショールームでありたいと考えたんです」と。
穏やかな時間は流れる白藤で、オーナーさんの言葉の納得感に何度もうなずいてしまいます。そして、そのアイテムのどれもが「白藤」で過ごすからこそ味わいたいものばかり。
庭で採れた梅でつくったシロップのソーダ割だったり、
ダイニングテーブルに置かれた果物は、果物大国須坂でとれたものだったり。
ちなみにこれは、須坂が発祥の「ワッサー」という果物で、桃とネクタリンをミックスした果物なんだとか。
まだ市場には出回ってる量は少なく、希少なんだそう。実は引き締まっており、甘みはあまり強くなく口の中がさっぱりします。
私たちは朝食後に、剥いていただきました。
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もちろん食事も、須坂の魅力をぎゅっと詰め込まれてます。
朝食には信州名物のおやきを。
「おやき」は餡の味が違うのはもちろん、調理法も蒸したり焼いたりと、家庭やお店によってまったく異なります。白藤では、スタッフさんの家で伝わっているおやきが提供されます。
焼いた後に、蒸して、さらに食べる直前にもう一度表面をちょっと焼いていて。だから皮の表面はカリっとしつつも、もっちりジューシー。中には濃い味の餡がたっぷり!私の中にある「おやきってこんな感じだよね」が瞬く間に覆されました。
お夕食のコース料理には、ふんだんに須坂の食材が使われており、長野産のワインとのペアリングしていただきました。同じ産地の食材と酒は相性がいいなんて言いますが、なんていうか、情緒的にもしっくりきます。
夜が更けていく庭を眺めながら、ゆっくり食事をしながら親しい友人と語らう時間。あっという間なのに、永遠にこの愛おしい時間が続くような錯覚をしてしまうのは、たぶん白藤の持つ魔力なんだと思うんです。
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ちなみに「泊まれる登録有形文化財」は、さほど珍しくなく東京ステーションホテルや富士屋ホテル、日光金谷ホテルなど、俗にクラシックホテルと呼ばれる錚々たる名建築ホテルが挙げられます。
それらとは全く異なる趣の宿が「白藤」なんです。
100年の年月を超えた建物に、慈しまれるよきものが着飾ることなく置かれている。私にとっての白藤の滞在は、じんわりと自分の時間に向き合える、滋養に満ちた時間でした。
ぜひみなさんも、白藤を堪能してこころ穏やかな時間をお過ごしください。