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映画とモヤモヤ
先日、今敏監督の『千年女優』『パプリカ』の2作品を映画館で見ました。なにやら、『千年女優』のリバイバル上映だそうで、そのついでに『パプリカ』も上映してしまおうという魂胆だそう。なるほど、まんまとハマってしまったという訳です。最近はアットホームな雰囲気のあるミニシアター的な映画館にハマってしまい、家からもそう遠くない為、何かと時間があるとその映画館に足を運んでいます。今回もその映画館を利用しました。
さて、肝心の映画の感想ですが、率直にとても面白かったです。昨年、同映画館で上映していた『パーフェクトブルー』が私にとっての初今敏作品だったのですが、張り詰めたシリアスな内容が印象的で、今回見た2作品も同じ系統だと勝手に思い込んで身構えていました。しかし、そんな心配も必要ないくらい両作品ともにすんなり受け入れることができました。特に、カットの切り替えと平沢進の劇伴には感無量です。今敏監督の3つの作品を見終えて、彼の作品の特徴が素人ながら少しだけ掴めた気がします。
「曖昧さ」という点で、特に個性的な作品になっていると思います。『パーフェクトブルー』では妄想と現実、『千年女優』では過去と現実、『パプリカ』では夢と現実。この境界線が曖昧で、どちらの世界に足が着いているのかが明瞭では無いのです。しかし、その相反する2つの世界が綺麗に同居していて、最終的にはグラデーション的に融合してしまう。そんな曖昧さに煙に巻かれながら映画の世界観に没入することが今敏作品の醍醐味なのだと、公開されて何年も経った今更ながら気が付きました。
さらに、平沢進の劇伴によって映画の世界観はより一層深みが増します。特に、『パプリカ』劇中歌の『Parade』は作品の象徴とも言える楽曲でしょう。私は以前から平沢進の音楽は聴いていて、テクノ御三家のP-MODELの一員であり、アヴァンギャルドなライブをする白髪のおじさん、という認識でした。まさか劇伴でこんなに芸術的な仕事をしていたとは思っても見ませんでした。余談ですが、以前学校の授業でテクノ音楽の説明をする機会がありました。テクノを知らない学生には、Perfumeが代表的なアーティストである、というテンプレートみたいな紹介をするのが私のいつもの流れで、その時も同様にテンプレートのコピペをしました。すると、ある学生が「平沢進はテクノのアーティストなの?」と訊いてくるではないですか。正直、個人的に平沢進はテクノではなく、エレクトロニックやニューウェーブの系譜だと認識しています。しかし、普通の学生から平沢進の名前が飛んできたことに面食らい、「そう」と答えてしまいました。平沢進を知った経緯を尋ねてみると『パプリカ』の話題になり、やはり平沢進の電子音楽好き以外をも巻き込む劇伴の凄さに驚かされるばかりです。
今敏作品の感想について語りましたが、本題は実はこのお話ではありません。私が本当に話したかったことは『パプリカ』を見ていた最中に起きた事件についてです。その事件が起きて以降、何かとモヤモヤしてなりません。そのモヤモヤを少しでも晴らすためにも、今このnoteに書き込んでいる訳であります。
その事件は、上映が開始して1時間ぐらいが経過した頃、残りの上映が30分を切った頃に起こりました。劇中は先ほど熱弁した平沢進の鬼才的な楽曲によって、映画館に不穏な電子音が響き渡っていました。シーンは変わり、セリフだけのシーンになった時、ふと異音がなっていることに気が付きます。その異音は前方右側より、定期的に鳴る低音混じりのノイズで構成されていました。同じタイミングで異音に気が付き、前方を確認する他のお客さんも居たので、気のせいという訳では無さそうです。かといって、ワンシーンたりとも見逃せない今敏作品です。異音のことなど気にも触れる暇もなく『Parade』が始まり、映画の世界観に没入し直します。しかし、再び映画に静寂が戻ると、先ほどと同様の低音混じりのノイズが聞こえてくるではありませんか。しかも、音大きくなってないか? 2回も気になってしまったらもう後戻りはできません。音の主とその正体を探るべく、映画に集中しつつも耳は謎のノイズに傾きます。
意外にも答え合わせはすぐに終わりました。その音は右斜め前の座席から発せられていました。そして、音の正体はまさかの「いびき」。。。だいぶ気持ちよく寝ているみたいで、10分ほどが経過しても(体感なので正確では無い)そのやかましさは健在です。ついには、私の方も映画そっちのけで音に集中して、「ベース顔負けの音の低さから推測するに、音の主は男性であり、年配なのではないか」などと想像し始める始末。とにかく腹が立ちました。
しかし、映画は観客を選びません。当然のようにクライマックスへと突入します。こうなると私に残された頼みの綱は平沢進が奏でる豪快な電子音のみです。やかましい「いびき」は映画のセリフなんかよりボリュームがあり、この時ばかりはアットホームなミニシアターの設備を恨めしくも感じました。あまりにも耳障りなノイズに対して、私は居ても立っても居られなくなり、立ち上がって叩き起こしに行きそうになりました。しかし、もう映画はクライマックスを過ぎ、幕引きの一歩手前です。大人にならなくては、と我慢をして、結果的に『パプリカ feat.いびき』を鑑賞し終えました。エンドロールになってもノイズは収まらず、映画館の明かりが灯りました。他のお客さんも明らかにノイズのダメージを受けていたようで、四方八方のありとあらゆる人が、音の主の居るであろう席の方向に視線を送っていました。そんな視線なんて気にも暮れず、ノイズを鳴らし続ける男。こっちはお金払って映画を見たのに、台無しにされた気分です。私はその苛立ちとモヤモヤを背負って映画館を後にするのが嫌になり、席を立って音の主に会いに行きました。
明かりのついた映画館に鎮座している音の主に近づきます。そして、騒音男の顔を覗き込みました。意外にも40歳前後のなんとも言えない普通の男性で、想像していたよりも若くて少し驚きました。顔を見るや否や、すぐにその男性の肩を揺さぶりました。前後に、優しく、1回、2回。しかし、一向に目を覚ます気配がありません。なんだか余計に腹が立ってきて、さっきより強めに、倍くらいの回数肩を揺さぶります。男性は少しだけ意識を取り戻しますが、すぐに夢の世界に戻っていきます。もうここまできたら起こす気にもなりませんでした。私の完敗です。諦めて荷物を取りに席に戻ると、数人のお客さんが心配そうに私のことを見ていました。なんだか気まずくなったので、フードを被り、荷物を持ってその場を立ち去りました。
モヤモヤをお土産に映画館を後にしましたが、やかましい騒音男性に対して多少なりともアクションを起こせたので、気持ちは幾分か落ち着きました。
こうしてnoteに記録していて、『パプリカ』という映画を見ながら夢に没入していたあの男性は、もしかしたら映画と同じように夢の世界に引き摺り込まれてしまったのではないか。なんて想像してしまいました。悔しいですが、しばらく忘れることができない経験になった気がします。
さて、あの男性は「DCミニ」なる装置を解除して現実に戻ってこれたのでしょうか。しばらくしたら、落ち着いた環境で『パプリカ』を見直してみようと思います。