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額田大志 「異物としての旅人」2日目

アーツカウンシルしずおかが主催する、MAW(マイクロ・アート・ワーケーション)で、静岡県の御前崎市に滞在中です。

静岡県内の各地で実施中のプログラムで、静岡県内に拠点を置く様々な団体がホスト(受け入れ先)となり、アーティストをはじめとしたクリエイティヴ人材が「旅人」として、その地を訪れ交流する……という内容です。

アーティスト目線では、いわゆる各地に滞在して作品創作を行うアーティスト・イン・レジデンスに近いとも思いつつ、参加している「旅人」がアーティストだけでなく、キュレーターや料理科など、芸術作品を創作・発表する人に限られていないことが一つの特徴かと思います。また、必ずしも成果(作品発表)を求めらないため、少し肩の力を抜いて参加でき「今すぐの何か」よりも少し先の未来について考えていくような……そんな滞在です。

御前崎は地図の右下に位置する岬の町
遠方からだと東海道新幹線で掛川で降りて行くのが便利です

滞在する場所は、ある程度「旅人」側も選ぶことができ、漠然と私は御前崎市に行ってみたいと思いました。何か特段大きな理由があった訳ではないのですが、静岡県の中でも伊豆や御殿場はいつか訪れそうと思ったこと、御前崎市のことをほとんど知らなかったこと、ただ、地図で見たときに半島の先端にある街だったこと、海に囲まれていたこと、海が近いということはご飯が美味しいと思ったこと、いろんな魚が食べられそうと思ったこと、毎日海が見れると思ったこと、海を見ながらぼーっとできそうと思ったこと、港町はきっと音楽が好きな人が多い(たぶん)と思ったことなどが、ばばっと浮かびました。なにより、こうした機会でないと中々訪れない土地・場所・人に会ってみたい。作品をつくるだけではない、創作を通じたアーティストのあり方を模索するのも、個人的なここ数年の課題です。

そんな形でいざ11月1日から7日にかけて、1週間の滞在がはじまりました。私含めて3人の「旅人」が御前崎市に同時滞在中で、俳優/パフォーマーの櫻井麻樹さん、アーティスト/アートディレクターのYoko Ichikawaさんも一緒です。

左からYoko Ichikawaさん、櫻井麻樹さん、私
櫻井さんとは以前にスペースノットブランク『ウエア』でご一緒して、まさかの再会!

移動日の1日目を終え、2日目はホスト団体である「OMAEZAKI STYLE CLUB」の方々に、御前崎市ツアーに連れて行ってもらいました。これは、とても楽しかった。桜ヶ池、浜岡砂丘、御前埼灯台といった御前崎の名所を中心に巡りました。

どこも一瞬で目を奪われるような、そんな魅力のある場所でした。私は広大な土地や海にずっと憧れがあります。どこまでも続きそうな砂丘や、夜に光り輝く灯台を見つめていると、それ自体が心に訴えかけてくるものを感じます。もちろん、砂丘や灯台が「人を感動させよう」と思っていることはないと思いますが、そんな水や光の自然現象が心の揺れ動きを作り出す様に触れ合う度に、作家として、自然や歴史には敵わないと思う瞬間でもあります。

浜岡砂丘
坂を登り切ると海が一望できます
御前埼灯台
全国で数少ない登れる灯台でした

ツアーの途中には、アーツカウンシルしずおかの事業担当の若菜さんも合流して、御前崎市の社会教育課の清水さんと、御前崎市の文化芸術に対する懇談会をセッティングしてもらいました。

御前崎市では、継続的な文化イベントの開催などは行っているものの、どうしたら文化芸術を御前崎市で発展していくことができるか、というのがホストの「OMAEZAKI STYLE CLUB」の方々も含めて考えているのが印象的でした。こうしたとき、アーティストサイドとしては何かしらの提案をしたい/しなければ、と思うところではあますが、一方まだ御前崎市に来て2日目、ということもあり、まずは土地、人を知らないと、とも思いつつ、とても真に迫るような刺激的な時間でした。

御前崎市に限らず、世界各地で文化芸術による振興、すなわち「まちおこし的なこと」(規模や考え方によってニュアンスは大きく異なりますが、一旦大きく括ります)が起こり続けている中で、御前崎市で、何ができるのか、面白く発展させられるのか、継続できるのかを、考える1週間になりそうな予感もしました。

社会教育課の清水さん、OMAEZAKI STYLE CLUBのみなさまと

少し自分の経験に寄せて考えると、これまで市民参加型の作品やプロジェクトで訪れてきた金沢、盛岡、京都、長野などは、芸術文化に対して地域の中で共有されている漠然とした方針があり、その中で自分が動いていたとも思わされました。一例として、例えば金沢では「21世紀美術館がある」ことを街の人々は当然のように知っているため、アーティストが街にいることは比較的普通になること、盛岡では東日本大震災の経験から、アーティストが震災にまつわる作品を発表することに、ある種普遍性が伴う、つまりそこに対して何かしらの異物感や反発が起きることは少なく、「アーティストがいること」「作品があること」について、地域から暗黙の了解が起きると思いました。

そうした意味で、本来異物であるはずのアーティストが、芸術文化が地域に受け入れられていく中で、いつの間にか「異物ではなくなってしまう」そんな反作用も起こりうると思う二日目でした。御前崎市では、まだ異物でいられる「旅人」として、異物だからこそできることを考えながら、残りの5日間も過ごそうと思います。


最後に訪れた「晴れとsora Cafe」
海が一望できる素晴らしいロケーションでした

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