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宮悠介 清水・三保地域 「滞在まとめ」


過ごし方

・イベント王国を堪能する。
・踊る。海と対話する。身体と向き合う。
・地域とアートの在り方を考える。
・人と会う、交流する。

イベント王国

 存分に堪能しました。大道芸、マグロ博、清水駅前演劇祭、東海大建学祭、松葉かき。文化の秋、からっとした青空の日が続く静岡の地。まさに静岡における文化的な祝祭の時期に訪れることができました。自身も作家活動だけでなく、企画を主催し運営することもある立場から、人が集まることについてあらためて考える機会になりました。

御穂神社大祭
第2回東海大学静岡キャンパス建学祭
大道芸ワールドカップin静岡2023
静岡痛車天国2023
清水駅前芸術祭
三保松原3ringsプロジェクト&パフォーマンス 
マグロ博・-60℃冷凍庫見学
マグロ博・水上バス無料開放

踊る、海と対話する。身体と向き合う。

 期間中三保の海をずっと眺めていました。そしてそこで踊っていました。僕は普段自身の実体験をもとに作品を創作し、身体はその記憶を再生するメディアとして位置付けてきました。しかし、ストーリーを伝達するための身体或いは踊りの限界を感じていました。海を見ているとそこに意味はないのに、寄せては返す波にひきこまれそうになります。液体の物理的な往来。繰り返し。生成と死滅の波。身体もこれでいんじゃないかと思いました。文化的な意味合い(ストーリー)がつく以前に、身体もそもそも自然物であることを素直に受け入れていいんじゃないかと。脳神経から送られる電子信号に素直に反応して身体を動かす。肉体が受けている重力を素直に受け入れる。フォールとリカバリーの中で身体全身が動員され止めどなく動き続ける様を見たくなりました。意味から離れて良いのだと。そういう意味で肉体と呼び方を使い分けた方がいいのかもしれない。ただ僕の身体に眠る文化的な記憶や、観る人の脳裏に浮かぶ記憶などから、きっとそこにはカタルシスが生まれる。もしかしたら踊りの基本は、いや動きの基本は、肉体に無理なく素直で躍動したダイナミックな「自然」の繰り返しで良いし、そこに生まれるカタルシスの波でいいんじゃないかと思ったんです。その試みの一端を最終日、振り返り会で披露しました。簡易的なタイトルは「うみ」。以下に自然物の肉体に戻れるか、まだまだ先は長いですが僕の舞踊観を大きく深化させる時間になりました。

寄せてはかえす
うみになるきもちで

地域とアートの在り方を考える

清水の地域性

 大道芸文化が根付いている。芸事がパブリックな場所で行われる事に対してとても寛容な雰囲気がありました。大道芸ワールドカップ横のベンチで僕も負けじと踊ると、何も気にしない素振りでベンチに座る人々。大抵東京でやると人が避けて散っていくんです。本当に寛容で穏やかな地域性を感じました。

三保の地域性

 しかし、その中でも三保はまた違った地域性を持っているようでした。最終日、お神輿を担がせてくれた床屋〈髪工房〉さんにお邪魔した時のことです。清水での出来事を振り返るように話、お神輿の事、優しく迎え入れてくれた事、新参者に寛容な地域性に感謝を伝えました。すると「実はね、三保はそうでもないのよ」と一言。この地域は昔から多くの人々が一目見ようと訪れていた神聖な土地。だから旅人には慣れている。だけど、集団の中に入れたり新しく住む人たちにはあまり寛容ではないとのことでした。昔髪工房さんも清水から三保の半島にお店を移した際は、その土地の一員として受け入れてもらう事に時間がかかったと言っていました。清水と三保でも地域性がまた異なるようです。ただ東海道の宿場町の事も念頭におけば、きっと静岡全体が旅人が通過する土地だったのではないでしょうか。新しい、珍しい人には寛容で慣れている。中に入るには時間がかかる。アートも一緒です。いきなり外のアーティストが来て前衛的な表現をする。もしくはその土地のストーリを表面的にすくいとる。これらはきっと上手くいきません。

アートについて

 旅人が通過する街、旅人を受け入れていた街という事で、あらためて考えると静岡、清水・三保地域って、関東と関西の中間に位置する事に気づきました。つまり、大都市を移動する際の交通経路であり、関東と関西を繋げるハブになり得るという事です。アートの介入も同じように考えられないでしょうか。いきなり定住したり、即時的にイベントをしたり、表面的にその土地のストーリーを扱うということではなく、この土地に旅人的な関わり方をする。長期的に何度か訪れる中で関係性を少しずつ構築する。大都市は生きているだけでお金がかかります。静岡に滞在制作という形で訪れ、ラーニングコストを抑えながら作品を創作する。その作品を関東や関西に持っていく。旅人的に何度も訪れ制作する生産拠点的な捉え方ができる可能性をこの土地に感じました。時間をかけて訪れる中で地域とアートの関わりが生まれるかもしれません。一度では得れない情報をリサーチできるかもしれません。そいういった意味で、マイクロアートワーケーションも長期的に継続することが重要だと感じました。

人と会う、交流する

行く先々で沢山の出会いがありました。

お神輿担がせてくれたおじいちゃんのお店<髪工房>さん
地元の干物屋<ふかくら>さん

 多くの再開がありました。わざわざ時間を作って会ってくださる、目一杯もてなしてくださる人の温かさに触れました。静岡のアート事情についてもお話をお聞きすることができました。

豊岡で出会ったなみさん
5年前に出会った柚木さん
柚木さんの手作りごはん・由比産桜海老のしお焼きそばとその仲間たち

 保全活動を通して交流しました。ホスト団体Otonoが運営している<三保松原3ringsプロジェクト>。世界遺産を守るために枯れ落ちた松葉の葉を拾い集めました。その中でミニパフォーマンスをしてみました。タイトルは踊日記。これまでの静岡で感じたこと、思ったことを言葉にしながら振り返り、受容して、最後はノンバーバルない魅力を探究するパフォーマンスをしました。今踊る(もしくは踊っている)必然性にアプローチしました。普段はアートに触れる機会の少ない方々でも優しく見守ってくださりました。

お構いなく松葉かき、ダンサーは風景、これでいいとおもいます

最後に

 あらためましてこの度はこのような貴重な機会をくださり本当にありがとうございました。本企画の主催であるアーツカウンシルしずおかの皆様には心から感謝いたします。時をともに過ごしてくださったアーティストのお二人には沢山の刺激をいただきました。ありがとうございました。そしてなにより、アーティストと地域をつなぎサポートくださったホストのOtonoのお二人には感謝の気持ちで一杯です。これからも舞踊・アーティスト活動を継続していく勇気をいただきました。これが即時的なイベントで終わらず、関係性が続いていくためにも自らまたこの地に訪れたいと思います。本当にありがとうございました。


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