早渕仁美「場所を探して。(3日目)」
10/10(火)
ここで昔、鈴木のおばあちゃんはブレストつまり平泳ぎで一番になったと話してくれた。「海では体が浮くからさ、伊豆半島でナンバーワンでした!」中学生まで稲取で過ごし、その後横浜に出て30年過ごした。現在は稲取で一人暮らし。横浜の友達を夏休みなんかに呼んできてこの海で泳いだ。思い出がいっぱいなのよ、と話す。他にも旦那さんを船の事故で亡くしたこと、親族はみんな優秀だったこと、お母さんの生家は清創丸という船を持っていたことなど沢山話してくださった。
昔この湾には船がいっぱいに停まっていたらしい。そんな中で水泳大会が行われていたとは。私が昨日まで見ていたこの湾は、天気によって波の姿を変え、ひそかにこちらに存在を示していた。時々釣り人が淵を歩き、上ではランドマークの鳥が見下ろす。
水泳大会。湾に近づいて、思いを馳せる。
地図や観光情報には載っていない、稲取に関わった人が持っている「場所」を探したいと思う。海、湾、家、道。場所はいつもそこにある。その人の人生の中であるとき出会った「場所」を探しにいく。
タクシー運転手の髙野さんは、よく駅前から細野高原までお客さんを乗せる。その度に、センブリの花がないか探しているそうだ。センブリの花は雪の花に似ていて、細くて綺麗な花なんだと話す。小さい時、お腹が痛くなったら手作りの煮出したセンブリ茶を飲まされた。それが本当に苦い。苦いからお腹が痛くなっても黙っていたかもしれない。センブリの葉っぱを地域の共同作業で採ってきて屋根に干していた。苦い思い出、古い話です、と語る。センブリ茶はとても効き目があったそうだ。Youtubeなんかで花の映像を見ては、どこかに生えていないかと高原に来るたびに思うそうだ。
高原までの道は、民家が点在し、木と植物が生茂る。標高が上がっていけば雰囲気が変化し、高原が見えてくる。
滞在初日に感じた「彼ら」の他に、髙野さんが探しているセンブリの存在も感じることになった。
思いを馳せる。足元を見ながら探してみよう。
細野高原でガイドをしてくださった富永さんは、センブリの話をすると一緒にずーっと高原を歩いて探してくださった。その道の途中で、ご自身のお話もしてくれた。秋田で生まれ、今は伊豆の南の方で暮らしている。タクシーの運転手の髙野さんと同じように、小さい頃ゲンノショウコを干して煎じたお茶を飲まされたという。これも苦い。すぐに道端で生えているゲンノショウコを見せてくれた。
高原を歩きながら、様々な植物を見せてくれた。少し噛んでみたり、遊び方を教えてくれたり。自分がおもしろいと思ったことを人に教えるとみんなおもしろがってくれるからそれがおもしろくて、と無邪気に語る。たまに観光的なことではないところに連れて行って欲しいという要望にも答え、岩壁に行き着いたこともあるらしい。冒険だね。と話してくれた。
そんな中、私が探していた「彼ら」のひとりに出会うことになる。
絶滅危惧種のヒメハッカは、すごく上品で優しい香りがした。ほんとにいい匂い。ここでしか嗅げない匂いだと思った。
記憶に刻む。自分にとってもまた、匂いとともに「場所」となった。
そうこうしていたら、ついに発見。
センブリの開花には少し早いのでまだ花は咲いていなかったけど、センブリを発見。かじってみると相当苦い。吸い付くような苦さ。
この苦さを伝って、センブリ茶でお腹を癒していた人々の記憶を辿る。
苦さの「場所」に集まれたような気がした。
富永さんは特別に閉山後に駅まで送ってくださった。途中、おもしろいもの見せてあげよう、と湿った山道に車を停めて、これこれ、と見せてくれる。
黄色くて斑点のついた花をフラフラとぶら下げた植物。
山の植物は陰でもちゃんと育つんですねと言うと、山の植物は反日陰みたいなのが好きだね、と語る。人はよく、あの植物は〇〇が好きだね、って言うけど、当たり前に植物が存在している上での、愛情のある表現だと思った。
今日は他にも何人かの人が自分の場所について答えてくださった。
明日以降、そこを見に行こう。思いを馳せる。