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寺田凜「お茶の木のタネ(滞在まとめ)」
印象に残っている景色がある。滞在5日目に訪ねた朝比奈玉露のレジェンド、東平さんの茶ばらでのことだ。
東平さんは、旅人の私たちに玉露について話をしながら、お茶の葉のついた枝を指でつまみ、素早くしごくように手を動かしていた。これは多分、茶葉を摘む動きだ。
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持っている枝葉は、既に「こわく」なっているのできれいに葉を取ることはできず、東平さんの足元に割れた茶葉がボロボロと落ちていく。手元の枝にはボロボロになった葉が残り、東平さんはさらにそれをしごく。
とても美しく思えた。その指先は、60年以上繰り返してきた振付を生き生きと踊っていて、それを誰にも止めることはできないような感じがあった。
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滞在も後半に差し掛かったある夜、旅人とホストの全員が揃った場で、一人の旅人が、ある「モヤモヤ」を口にした。
このまま終わって良いのかな?
滞在中の一週間、いろんな場所に連れて行ってもらい、いろんな人に出会わせてもらい、普段はできない面白い経験もいろいろさせてもらった。しかし、旅人として地域に対して何かできたかと言われると、正直わからない。(一週間で何かできると思うのが烏滸がましいかもしれないが)
もちろん、MAWという事業自体は、この滞在中にこれといった成果を出すことを旅人に課していない。それが独特で面白いと思ったし、ホストや地域の方ともリラックスした心持ちで交流することができた。
しかし、やはり「活動費」をもらって地域に派遣されているわけだし、ホストをはじめとする藤枝の皆さんにものすごくもてなしてもらっているので、何かしなければ、という使命感にはちょっぴり駆られてくる。
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旅人として「客観的に地域の魅力や課題を発見してもらいたい」と言われることもあった。しかし、私が滞在中に「魅力的だ」と思ったことが、「地域の魅力」と呼べるに値するのかは(そもそもこの地域独特なものなのかも)わからなかったし、数日前に来たばかりの自分が「地域の課題」を語るなんて、これまた烏滸がましいとも感じた。
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もちろん「食べ物が美味しい」「人が温かい」「水がきれい」「人口が減っている」「若者がいない」と簡単にパッケージングされた「魅力」や「課題」はある。しかし、それは既に自明のことであり、敢えて外から来た私が言語化する必要は感じなかった。
じゃあ、何かできることはある(あった)のか……?
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この日の夜、この「モヤモヤ」をきっかけに、旅人、ホストそれぞれがこの事業や滞在における目的意識やゴール設定について思っていることを話した。22時の屋外駐車場。肌寒い夜だった。
この時間を経て、最終的に私は、こういう「モヤモヤ」こそが、この滞在の「成果」なのかもしれないと思うようになった。「この地域で何かできるかも」「この人たちともっと関われるかも」という、ある種の不完全燃焼感が、いつか再び滞在先地域に関わる種(タネ)になるのではないか。
今、私の手元にはお茶の木の種がある。たしか東平さんの茶ばらに行った時だったと思う。「庭に蒔いたらお茶の木生えてきますよ」(本当か……?)と庸介さんがくれたものだ。この種が、いつかどこかで花開く……というよりは、お茶となって美味しく飲める日を楽しみにしたい。
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この場を借りて改めて、ホストの鈴木庸介さんと鈴木智之さん、そして藤枝市で出会った書ききれないほどたくさんの方々、この機会をくださったアーツカウンシルしずおかの皆様に感謝します。また、この滞在をきっかけに同じ旅人として時間を共にした新井厚子さん、石原悠一さんに出会えたことも得難い経験でした。
ありがとうございました!またどこかでお会いしましょう〜
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