秋野深 「塩の道をゆく」【森町】(6日目)
静岡県森町の北部に戦国夢街道と名づけられた、昔の街道跡を訪ね歩けるルートがある。
かつて長野方面へ、塩を中心に海から内陸へと海産物などを運んだルートでもあり、秋葉神社(火伏せの神)詣でのための信仰の道。さらに戦国時代には、徳川と武田の攻防の地でもあったところだという。
今日の天気予報では、静岡県へ台風が上陸。
昨日から断続的な激しい雨が続いていたものの、今日の雨の予報では雨脚が激しくなるのはお昼ごろの予定。風速の予報も思いのほか弱い。
さらに、いつもの本格的な撮影フル装備での歩きとは違い、カメラは一台、あとは飲み物、雨具、着替えくらいのほとんど手ぶら同然の荷物で行くことにして、出発を決めた。
そしてもう1つ、降雨の中になること前提でスタートした理由がある。
そこはかつて塩の道として、巡礼の道として多くの人が行き交った道。
その昔、雨が降っていたら、旅人は予定を変更しただろうか。
きっと先を急ぐ必要があった旅人もいただろう。
期日までに塩を届ける必要がある行商人もいただろう。
そんな思いが頭をよぎって、雨の中の塩の道を経験してみるのも悪くない、という気になったのだった。
スタートして数キロは周囲の光景も道の状態も変化に富んでいる。
現在の集落を結ぶ舗装道路の部分もあれば、お茶畑のそばを通るところも。
ところどころに歴史の解説もあり、地名の由来や、建物に纏わる歴史を知ることができる。
私にとって特に印象深かったのは「馬墓地」と呼ばれる場所だ。
そう書かれていなければ、別段なにかがあるわけではなく、通り過ぎてしまう森の中の一角でしかない。
ここはかつて徳川・武田が合戦を繰り返したときに亡くなった馬を葬ったところなのだという。
合戦で亡くなった馬のことを、そう言えば自分はこれまであまり考えたことがなかったかもしれない。森の中を見渡しながら改めてそう思った。
日頃、私自身が撮影で行くところは、自分以外に人がいないような場所も多く、そもそも何か解説や地名が書かれているような場所ですらないことも多い。
けれど、こうしてその土地でかつて何があったのかという情報や知識とともにその場に立つと、初めてそこで生まれる視点もある。
初めて広がる想像もある。
息絶えてゆく馬のいくつもの嘶きが、この一帯にこだましたのだろうか。
それとも、音にもならない最期の吐息は、誰に聞かれることもなく、山間を吹き抜ける風にかき消されてしまったのだろうか。
降っては止んでを繰り返す、はっきりしない雨模様の中、もくもくと歩を進めてゆくと、塩の道は浜松市との市町境に出た。
このあたりにある田能集落は、現在の森町と秋葉山の中間地点に位置し、山間の休息地、宿所として江戸時代には賑わいを見せていたのだそうだ。
かつての集落の様子を記したイラストによると、豆腐屋、仕立屋、酒屋、菓子製造販売、芸者屋・・・とその店舗のバリエーションからも賑わいのほどが想像できる。
下の写真の建物が豆腐屋だったらしい。
この豆腐屋の前を通って、折り返し気味のルートをゆくことも考えたが、私はもう少し奥へと入ってみることにした。
ルートが浜松市天竜区に入ると、いかにも山奥の旧街道といった雰囲気の狭い小道が続く。
集落を離れて山奥に入ってきたからか、7、8頭の鹿の群れにも出会った。
私の足音を聞いて、群れはあっというまに散り散りになってしまったが、
光も雨もさえぎる暗がりの森の中で、しばらくの間、エコーがかかったような鹿の甲高い鳴き声が響き渡っていた。
暗い森の向こうに、車道や民家の屋根、そして川の流れる音がするので、強引に林道を外れて車道へと降りてみると、目の前に端雲院と犬居小学校。
轟々と濁流がうねるのは天竜川の支流の気田川だった。
そこから車を止めたスタート地点までの10キロの道のりは車道をひたすら歩いて戻ることになった。
総歩行時間はちょうど5時間。
あとで詳細に地図で確認してみると、25キロくらいは歩いていたことになりそうだ。
しかも、思っていたよりかなり北まで足を伸ばしていたようで、車道に出た地点は秋葉神社(下社)までもう1キロくらいのところだった。
商売のため、信仰のため、戦いのため・・・多くの人々が行き交ったかつての道。
ほんの一部だけれど、その残り香のようなものを味わいながら歩くことができたような気がしている。
歩くのが好きな人、歴史の香りを静かに味わいたい人、山奥にもある市井の人々の生活の痕跡を訪ね歩きたい人・・・そんな人に、戦国夢街道をぜひおすすめしたい。
【森町1日目】 「ひかえめな魅力」
【森町2日目】 「交通の要衝という価値は永遠か」
【森町3日目】 「ドローンと共に森の奥へ」
【森町4日目】 「私の小さな挑戦」
【森町5日目】 「森と町と太田川」
【森町6日目】 「塩の道をゆく」
【森町7日目】 「二歩目を踏み出す行動力」
【まとめ】 「この森と町のゆくえ」