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関根愛「発酵する家と台所」(6日目)


《今日の朝ごはん》
よもぎもち
大根とキャベツの味噌汁
*えびいもと大根と*椎茸の*煮物
大根海苔サラダ
(*は南伊豆産)

《今日の昼ごはん》
朝の残りおかず
地物のカンパチ刺身
*紫黒米ごはんにちりめん、*しその実塩漬け、*カリカリ梅
みかん
(*は南伊豆産)

《今日の夜ごはん》
ゆで落花生
じゃがいもと椎茸と鯖缶のアヒージョ
間引き人参のかきあげ
うずらと烏骨鶏のゆで卵
はやとうりのお漬物(柿床)
赤かぶのお漬物
海老のジェノベーゼソース炒め
まぐろとアボカドの炒め
鮭ちらし
梅ジュース
まこもだけの葉茶

今日ものどかな朝。青野川沿いを歩いてローカル×ローカルへ向かう。この日は地域のお祭りで、小さな神社で祭りの準備をする人たち、はっぴを来た小学生や中学生とすれちがう。まっすぐな目でおはようございます〜と言ってくれる、この日本昔話みたいな世界で育つ子どもたちはどんな人になっていくんだろう。ローカル×ローカルでホストの伊集院さんと二時間くらいお話。今までちゃんと気がつかなかったけど、ローカル×ローカルの手前に草木が生い茂ったなぞの店がある。今日は開いていたので中へ入ってみたら古本が沢山。うっすら暗い奥のほうに台所やソファがあって食べた後のお皿なんかがそのままにしてある。インディアンの棲み家みたい。ちらっと本を見てみると「波動の人間学」という本が気になって買いたいんだけどお店の人がいくら呼んでもいない。値段も書いていないのでお金を置いていくっていうのもできず。すっかり常連になった道の駅に行くと、片手に皮のついたままの柿を握ってカプッと食べながら歩くおじいさん。私が座っていた日陰のベンチ(今日はかなり暑かった)をさして、そこいい?とジェスチャー。まるごとりんごに噛り付く人はよく見るけど柿は初めて。地物のカンパチ刺身を買って、朝ごはんの残り弁当を川原で食べる。毎日ここでごはん食べたい。青野川沿いはほんとうに気持ちいい。バス停へ向かうと、酒屋さんとかがしている前掛けエプロンみたいなのにビーサン、もこもこポシェットをぶらさげてる人と目が合う。話をしていたらこれから行く横田さんのことを知っているけんたろうさんという人で、みんな移住者仲間なんだって。私がバスに乗り込むとよろしく言っておいてねと颯爽と去っていった。

バスに揺られて、町の中心地からどんどん離れた里山のほうへ。空気がより美味しい。南伊豆を訪れることになるずっと前から知っていたちいさな自然派美容院「杜とあお」に行く。物語の舞台になりそうな土地とお店。お家の一角を使ったお店には水のせせらぎ音が流れ、空間じゅうを沢山のハーブやスパイスが少しもけんかせずに調和してそこにあるやさしい匂いが漂う。アールユルヴェーダ診断にもとづいた施術をしてくれる樹医のみよこさんにヘッドスパをしてもらう。あまりに気持ちがよくて始まって一瞬でがくっと力が抜けてしまう。意識がちょっとだけあるけどほぼ寝てるみたいな感じでさいごまで。私の今日の体質にあった揉み方やオイルの調合で。おみやげに万能クリームとちょっとしたアドバイスカードをいただく。みよこさん素敵な人だった。

お店から歩いてすぐの自然栽培農家さんである横田家へお邪魔して晩ご飯をいただく。南伊豆に来て二日目に偶然会ったご家族。滞在中によかったらごはん食べに来てと言ってくださった。築百五十年の家、山積みにされた沢山の道具や自分たちの手を動かして作り上げてきた暮らしの空間。そのへんに無造作に置いてある農具や収穫した農作物の置かれ方ひとつ、洗濯物の干され方ひとつとっても映画のセットなんかには真似できやしない圧倒的リアルな佇まい。そして台所好きにはたまらない昔ながらの台所!所狭しとあちこちものが並ぶのに、生き生きと秩序が保たれている。そしてそのどれもが見せかけなんかじゃなくほんものなのだ。お洒落なパッケージの使いもしない調味料を飾ったり、あまり役には立ちそうにもない高そうなインテリア小物を主役に置いてみたり、そういうのが何ひとつない。何から何までが、ほんとうにどれもが実際に使われるためにそこにある。そしてきちんと使われてそのたび味を出してちゃんとそこにある。生きた手で触られて毎日空気を動かしているからものも空間も変化し生きてつづけている。空間全体が発酵しているみたいだ。

食卓の準備がととのうと娘さんのあすちゃんがならいごとの習字から帰ってくる。おうちの壁には「平和」とか「思いやり」とかわりと習字で書きがちなことばが貼ってあるんだけど、今日書いたのは「和食文化」。あすちゃんは頭いたいー、と帰ってくるなり毛布にくるまってゴロンと寝ちゃう。じゃあ食べよっかって、梅ジュースで乾杯してひとくち飲んだとたん「治った!」。みんなで「早すぎない?」と総突っ込み。可愛い。どのごはんも美味しい。塩と玄米粉だけで揚げた間引き人参の葉と実をちょっと。どうしてそんなに艶がでるんだろう?っていうくらいつやつやのじゃがいもに椎茸とサバ缶を加えたアヒージョ。柿床のお漬物(はやとうり)は初めて見る!昨日漬けたそうなんだけれどこちらはまさにしゅわしゅわ発酵中。横田さん一家が育てた採れたての野菜に新米、本当に本当になんて贅沢なごちそうだろう。ほんとうに美味しいごはんは、このくらいでいいな、ってちゃんと箸が止まるごはん。ちょうどよいを与えてくれるごはん。だから食べすぎることなく身も心も満たされる。今日の食卓はあとからなんどもなんども思いだすと思う。あの時の、あのごはん。そういう寄り所を持っていられる私は幸せものだと思う。このご恩はいつかちゃんとお返ししたい。真っ暗な外へでると冬のはじまりのような澄んだ空気、そして満天の星。これでも全然見えてないほうだよーってことだけど、私からしたらもう。みなさんとこんなふうに出会えていっしょにごはんをいただけて空も身も心も満天だった。