野口竜平「富士吉原へ(1日目)」
福井県鯖江市のシェアハウスで目覚めると、ケータイ電話がないことに気づく。
3週間前に大分別府からスタートし、福岡天神━兵庫豊岡━京都舞鶴━福井鯖江、とヒッチハイクで巡ってきた。今日からは静岡富士。これも同じくヒッチハイクで向かう予定だったが、どうしようか、と、ぼおっと歯を磨きながら考える。
昨晩は、シェアハウスの人らと妙に盛り上がり、深夜3時ごろ森に突撃、暗い森で腕立て伏せや反復横跳びをなどをしてはしゃぎ、明け方になって家に戻り眠ったのだが。起きるとケータイ電話がみあたらない。リュックをひっくり返し、部屋も隅々まで探すが出てこず。森で反復横跳びした際にポケットから放り出されたんだと思った。
シェアハウスに滞在していた別の旅人が、一緒に森を見にいってもいいと言ってくれた。玄関を出ると外は快晴、心地よい風が金木犀の香りを運んできて心がほころぶ。助手席に乗り込むが、昨晩は真っ暗だったのでどこの森へ行ったのか全く分からず、昨日はしゃいだ人たちは全員深い眠りについていて聞くこともできない。しかもあたりを見渡すと四方八方全部森。無理なのでは、、?と思いつつとりあえず出発するのであった。
清々しい秋の陽気の中、闇雲に林道をドライブし、適当な森があれば車を止めて入る。「なにやってんだろう」と自らになかば呆れながらも、一応は地面をみながらふらふらする。どうやらこの旅人、高校時代はソフトテニスに打ち込み、3年連続インターハイに出場していたらしい。おれもそこまでではないがソフトテニスを一生懸命やっていた過去があり、そういうことを話しながら森を散策するのは、きのこ狩りのような朗らかさがあった。実際にきのこも見つけた。
腹が減ったので街に降りて、面構えの良いそば屋に入る。他に客はおらず、ふたりで冷やしおろしそばを注文。盆栽好きの店主が、若い頃東京でバブル期をエンジョイした話をはじめ、それに適当なツッコミを入れながらそばを食う。店主は「ボン、ボン、ボン、盆栽バブル〜」と陽気なうたを歌っていた。そばは本格的な感じでうまかった。
新幹線に乗ろうと思った。静岡には今日着く約束になっていて、もう時間は14時をまわっている。ケータイなしでヒッチハイクをした場合、アクシデントが起こったさい静岡のホストへの連絡が難しくなってしまう。いつの間にか歳を取り、そういうことでソワソワするのが嫌いになっている。
鯖江駅まで送ってもらい、ビールを買って名古屋行きの特急に乗った。米原から新幹線に、豊橋で乗り換え、静岡からは熱海行き鈍行。ケータイ電話のない電車旅は考え事がはかどる。これからの3ヶ月間の計画が随分と具体的になった気がしてうれしい。
吉原駅で、岳南電車というローカル線に乗り換える。切符がかわいかったので、降りるタイミングで運転手さん欲しいと伝え、持って帰ることにした。
そうして19時半ごろ、無事にこれから1週間滞在する「富士市吉原本町」に到着するのであった。
予約した宿の名前が思い出せなかったが、駅を背に左方向だったことは覚えている。1ヶ月前の予約時に、中心街との距離を確認するために地図を見ていたのだ。
商店街を少し歩き、途中から左に曲がる。車どおりが多い。道を尋ねられるような状況の通行人もおらず、雨もぱらついてきた。
30分ほどぐるぐるし、単管パイプとビニールでできた簡易的な鉄板焼き屋の中で楽しそうに談笑するギャル2人に聞いてみると、キャピキャピと地図をみてくれた。ふたりの適当なコミュニケーションの感じがおもろく、ここは彼女らの店で、一応営業中とのことだったので、せっかくなのでビールを一杯飲んでいくことにした。
ギャル達は見事おれが目指している宿とその位置を特定し、その頃には俺もたのしくなっていてさらにお好み焼きを注文。「お好み焼きはめんどいから焼きそばね〜」と言われ出された焼きそばもめちゃ適当な味がしていい感じだった。ギャルのうちの一人は日中は畑で落花生をつくったりしてるとのこと。おれが色々質問していると、「こんな町、調べてもなんもないだら!あはは〜」と笑っていたが、かぐや姫の話がある公園、縦床式住居がある公園、紙製のバンドをつくる工場、それを使った職業支援をする特別支援学級、いたるところで出る湧き水、とかの話をしてくれた。
ビール2杯と焼きそば、ソーセージを食って店を出る。
宿は、今まで経験したことのないようなタイプの不思議なところで、例えばロビー横の休憩スペースには、日本酒なり焼酎なりが山積みにありそれが飲み放題、その横にテレビゲームも設置されており、酔っ払いのおっちゃんたちの隣で子供たちがスプラトゥーンをして遊んでいる。
部屋にはテレビもWiFiもあったので、自前のパソコンと接続し6時間ぶりにインターネットと繋がれた。安心してしまう自分を批判しながらも、ホストに連絡をいれ、やっと一息。
ケータイ紛失で写真を撮れなかったから絵を描いて日記に貼ろうかと思ったが、描いた絵をスキャンするのもケータイだったことに気づくのであった。