清水玲「遠い南の島の火山の便り」(6日目)
深夜にエリアメールのアラームで目が覚める。静岡県沿岸部に津波注意報が発表されたいう内容だった。ホストである荒武さんからも沿岸部には気をつけてくださいというメッセージが届く。きめ細かい気遣いにありがたみを感じながら、津波の原因を検索してみると、トンガで起きた大規模噴火による空振とよばれる衝撃波の影響の可能性が高いという。噴火が起きた際、空気の振動で、近隣地域の建築物の窓ガラスが割れてしまうという話は聞いたことがあるが、トンガから8,000キロ離れた日本に津波が到達するほどの大規模な噴火がどれほどのものか、少し想像しただけでぞっとしてしまう。そしてそのような壮絶な火山活動期を経て、自分が今いる伊豆半島もできていると思うと、なんとも言葉にしがたい感情がこみあげてくる。
噴火したマグマは冷えて固まり岩石になる。噴火でできた岩石は、盛り上がって山となり、やがて崩れていく。崩れたものは、川に流れこみ、ぶつかり合いながら角がとれ、再び石ころになる。洪水になれば石は下流に流され、互いにぶつかり合い、段々と小さくなり、砂や泥になる。砂や泥は、河原や砂浜を経て海底に堆積する。堆積した砂や泥は、海底の中でも特に深い海溝から、地下に取り込まれていく。水や石だけでなく、様々な物質が地球の歴史の中で循環を繰り返し、現在の環境をつくりだしている。私もまた、その一部。古代から続く自然のサイクルの一端を担う、小さな石ころのような存在。
陽が昇りあたりが明るくなる。目が覚めた子どもたちの騒がしい声が一気に日常の朝に引き戻す。トーストと目玉焼きをつくり、錆御納戸で朝食。キッチンには必要最低限以上の調理器具、調味料も用意されていて自炊しやすく、旅人のいつもの生活を持ち込めるような配慮がされた設計に感心させられる。既存壁の撤去箇所、柱の移設、家具の大きさと配置、ほしい場所に設置されたコンセント。滞在者の視点に配慮されていて、とても居心地がよい。玄関をあけると、正面には空き地があり、室内と視覚的につながり気持ちがよい。
稲取の街並みの特徴でもある路地を囲むように密集した木造住居群の大半は、建築基準法上、接道していないため、建て替えすることができない。錆御納戸のように宿として再生される物件がある一方で、住み手を失い維持できずそのまま放置されている家屋や、取り壊されて空き地になっているのをあちこちで見かける。建て替えできないからこそ、稲取の街並みの景観が維持されているのかもしれないが、今後の人口減少などに伴い、少しずつこの虫食い広場は増えていくと思われる。
この住宅密集地に虫食いのようにぽっかり空いた小さな広場は、珍しく感じるのか子どもたちは興奮気味に走り回る。水はけなどに考慮してか、敷地全体が道路面より60センチほど高くなっており、それがまた子どもの目線から見るとステージのようにみえて気持ちを高揚させるのかもしれない。通りかかった近所のおばあちゃんが「元気でいいねぇ。この辺りは小さい子がいないから。」と笑顔で話しかけてくれる。
この街の現状の写し鏡のようにできてしまった空き地を、子どもたちが走り回りながらはしゃいでいる様子をみていると、こういう場所に作品があってもいいなと思えてきた。作品だったり遊具的なものだったり、一休みできる何か仕掛けだったり。路地を歩き、空き地にある何らかの仕掛けを体験しながら錆御納戸やダイロクキッチンのような拠点を巡る。この場所ならではの、そう遠くない未来の可能性。もちろんその一方で何もない空き地だからこそよい、と思うのかもしれないけれど。
そのまま子どもたちと路地を散歩する。滞在3日目の街歩きでの荒武さんたちの語りを思い起こし咀嚼するかように、自分の言葉で子どもたちに語りかける。玄関先のタイルで覆われた洗い場、屋号の木札、消火栓の図案、スコリアを施した擁壁、時折遭遇する猫たち。
こちらから説明する前に「これ何?面白いのがあるよ。」と宝物を見つけたように聞いてくることに驚かされる。子どもたちは真新しいものにすぐ気付く。大人になることで多くのことを失ってしまったのかなと思いつつ、視線を下げて子どもたちの目線の高さで眺めてみる。
お昼時になりおなかもすいてきた。ちょうどよく通りかかった「ダイロクキッチン」だったが、日ごとに利用者と提供サービスが変わり、今日は筆ペンを使ったワークショップが開催のため飲食サービス提供ではなかったので、そこからすぐ近くにある「おばあちゃんち」へ。
「おばあちゃんち」は、もともと「ダイロクキッチン」で定期的に飲食サービスを提供していたが、今年から独立して店舗を構えることになったらしい。二言三言あいさつ程度の言葉を交わすだけなのに、元気をおすそ分けされるようなはきはきとした明るい店主。
お重の弁当をテイクアウトし、錆御納戸に戻ってお昼。風呂敷も小皿も風情があり、料理もやさしくおいしい。500円というワンコイン価格にも驚かされる。
午後は荷物と部屋を片付けて錆御納戸を離れる。
稲取滞在の最後の夜は海辺の温泉宿銀水荘へ。温泉につかりながら刻々と表情を変えていく水平線をぼんやりと眺める。
目の前に広がる水平線の彼方で起きた噴火とその空振による津波のこと、この先起こるかもしれない噴火による何らかの影響、近い将来確実に起こるといわれている富士山噴火や南海トラフ地震のこと、様々な思いが寄せては返す波の音と重なりながら浮かんでは消えていき、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
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