関根愛「無題(ある朝)」(7日目)
十二月六日、曇り。少し風。
宿の部屋が駐車場に面している。車のエンジン音で目が覚める。昨日は防災訓練のアラーム。その前は宿(シェアハウス)の住人の方の足音。信号の音。大型トラックの走り抜ける音。目を覚ますのに、あちらからこちらに戻ってくるのに、この世にはあまりに沢山の契機がある。いつだって戻ってこられる。戻りたかったら。
答えのないことを考える、というより、思い続ける。それが私にとってのこの世での幸せなんだと思う。そして思ってもみなかった人たちに出会えること。それがなかったらひとりで思い続ける幸せなど成り立たない。昨日まで存在さえしらなかった(と思っていた)人に今日やっと出会えること。でも多分知らなかったわけじゃない。長いこと互いに見えない綱をどこかでたぐり寄せ合いつづけて今日という日についにその人が自分の目の前にいること。対消滅は光を生む。また見えなくなる。生きるとは変わること。旅が終わる日が曇りっていいなあ。
三島で最後の「ひとりで食べる」シリーズの撮影へ向かう。住宅街の中をひたすらくねくね歩く。突然、視界が開ける。刈り取られたあとの田んぼが一面に広がる。ここに実を結んだ米が今頃だれかの腹を満たす。役目を終えた土の下で次の巡りが始まっていく。荒涼の中を一本の細道が走る。そこを進めと言われる。進む。