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戸塚愛美「旅人のめぐり」(滞在1日目)
『何かを間違えてしまった。※1』
高校生のころ、わたしの将来なりたい職業ランキング1位は公務員で、2位は旅人だった。本日、公務員にはなれなかったかわりに、旅人になった。「何かを間違えてしまった」感は否めず、仮の人生を転がるように今、三島にいる。ノマド的働き方が普及した今日、旅人は珍しくないだろう。しかし、純然たる旅人とはなにか。旅人のめぐり、とはなにか。6泊7日。何かを間違える時間の単位として十分か。不十分か。
静岡は縁遠い場所だった。正直、関西方面へいく「途中」にすぎなかった。箱根とか熱海とか富士山とか、そういった観光名所という点では、訪れた記憶もある。しかし、根強く印象付けられた、新東名高速道路のなかなか抜けない「終わらない静岡」。あるいは「静岡の呪い」。何個トンネルあんねん。たとえば高速道路で東京に戻るとき、名古屋までは早いのだけれども、そこからが長い。神奈川まで遠い。パーキング何回よんねん。端と端が長い。そんな印象。つまり通過点にすぎない。一方で、通過点という観点では、たしかに宿場町として機能していた歴史や文化が残る。これについては後日、街を徘徊しながら検証してみたい。
三島にきてから意気投合した、同じ旅人で俳優の関根愛さん。お土産の柚子ジャムをみんなでつまむ。
ちなみに11月25日、奇しくも三島由紀夫の命日、三島市長へ表敬訪問を行った。(わたしは自室から、オンラインで。)
三島由紀夫は三島市の「三島」からとった説がある。この街をえらんだ理由のひとつであるが、ほんとうにそうかしら?というつもりで、金閣寺でもひっぱりだしてみた。
言葉は文化そのもので、不自由な容れ物でもある。
三島市の方言を街のかたからさっそく教わると、
・「だら」「さー」
・「うちっち」
軽いリスニングはできるようになった。スピーキングはまだまだ。
あと、なんだっけな。もう忘れてしまった。
この急速にエンジンが切れる感じ、自分らしくていいなと思いながら、1日目、おしまい。
※1:同様に(?)何かを間違えているらしい、旅人であり、仮面屋である、大川原氏のNoteから引いた。