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奥野晃士旅人「raison d'etre」(まとめ)

 今回MAWに旅人として参加させていただき、三島市に滞在した一週間は、信じられないほど早く過ぎ去った。

 昨日の出来事も数日前の出来事であるかのような錯覚を起こすほどの濃厚な日々であった。
 ただMAWの企画コンセプト「地域住民とアーティストが出会うきっかけをつくり、新たなプロジェクトの創出などコミュニティの未来づくりに寄与することをめざす」というその裏には、主催者側のアーティストに対する揺るぎない信頼と、その可能性に対する期待が含まれていることが拝察されたので、感じるやりがいも一入であった。

 とにかく「演劇は私にとって最高のバケーション」をキャッチフレーズに、奥野の演劇バケーションに付き合ってくれる人この指止まれという感じだった。

☆演劇の特性

 巷間、俳優に対して『体が資本』という言葉がよく語られるが、俳優は現場主義であり、汗を流して行う肉体労働であり、時間を共有する芸術であるから再現や記録が難しく、その上日本ではアカデミズムとは距離をおいて語られることが多い。
 一方『総合芸術』と言われる舞台芸術はさまざまな芸術ジャンルとの協働が可能であるという利点がある。
 また言葉と身体を使ってテキストを表現する、つまり音楽家のように楽器などの道具を使うわけでもない演劇は、”プロフェッショナル”と”アマチュア”の境目が極めて曖昧であるが、その反面より多くの人たちが参画出来るという特徴を持っていることから、海外、特に移民が多い国では演劇を使った文化政策が、さまざまな副次的な効果を産んでいるとも言われている。

 舞台演技の応用がが教育現場やセラピーなどに応用されている研究も多く、学力向上や犯罪者の更生などにも効力を発揮した例が数多く挙げられている。

 そんな演劇は有史以来長い伝統を持ち、一説では俳優は世界で二番目に古い職業だと言われることもある。

☆目標を立てる
 その長い歴史の中で培われたノウハウは、我々演劇人にとっては何気ない作業でも、一般の方々にとっては特別な時間であることが経験上多々あり、その一つが私が開発した『リーディング・カフェ』という手法で今も行われている。
 なので、私は今回、

⒈三島市にお住まいのさまざまな世代の方々に、演劇を体験していただく

……………とまずは目標を立てた。同時に、

 人物を身体と言葉を使って演じ分ける俳優は、存在自体がすでにアートであるべきであり、表現であるべきであると思う。
なので、

⒉街に出る時は舞台衣装を身に纏って活動する

………………ことにした。

 そもそも私が所属するSPAC-静岡県舞台芸術センターは公立劇場に公立劇団が併設され所属俳優、専門技術スタッフが活動を行なう日本で初めての文化事業集団。
 2000年に入団した時は、立派な稽古場や劇場が与えられている状況は大阪で演劇活動を行っていた身としては驚きだった。
 その分、SPACが持つ”ミッション”を徐々に考えるようになり、演劇を通した情操教育や演劇の技術を学ぶことで人生を豊かにするなど、社会の中で”演劇が社会に貢献できること”や、”SPAC俳優のレゾンデートル(存在意義)”を考えるようになった。

☆一人でも多くの方々に演劇を伝えるには

 三島の豊岡武士市長への表敬訪問や、地元老舗企業への挨拶、三島市教育長西島玉枝先生への表敬訪問などで企画意図を説明し、ニーズを探り、私ができることを模索した結果、さまざまな対象に対して演劇をお届けする”ワークショップ”が挙げられることになった。

 本当は三島市役所でお勤めのお役人さんに対して一度ワークショップを提供できたらとも思ったが、ちょうど議会開催中の多忙な時期につき叶わなかったのは残念だったが。
 ともあれワークショップ形態として考えられる方法は大きく分けてニつ。

①演劇ワークショップ形式:a)即興劇のために開発されたシアターゲームを使ってコミュニケーションスキルアップにつながる技術の伝授。b)世界的な演出家鈴木忠志氏が編み出し、欧米を中心に俳優の身体訓練として学ばれているスズキトレーニングメソッドの基本的な動きと、日本人の身体様式、および武士道に通じる身体性に付いて伝授。

②リーディング・カフェ形式:小説を戯曲を声に出して読みながら、参加者同士の交流をはかる。

☆開催実績

❶演劇ワークショップ例

学校関係:事前に三島市の西島教育長を通じて市内の小学校14校に声をかけてくださり、3校がエントリーしてくれた。あとは教育長が電話一本で保母さんへのワークショップを決めてくれた。

⑴中郷小学校:(11月29日10時35分より11時20分まで)/特別支援学級の二年〜五年までの11名。

⑵長伏小学校:(11月29日15時より16時15分まで)/教員15名

⑶佐野小学校:(11月30日10時35分より12時まで)/一年生22名、二年生17名。

⑷三島東幼稚園:(12月1日15時より17時まで)/保母10名。


その他:教育委員会の鈴木部長が、友人のコソダテの学校3919のオーナーの野田千絵さんを紹介してくださり、3919でワークショップが実現。また、ホストである山森さんがワークショップを企画。さらに、知徳高校同窓会の会長でもある室伏さん副会長でもある國原さんから母校演劇部での指導を依頼してくれた。l

⑴コソダテの学校3919:(11月28日18時30分から20時30分まで)/小二から中三まで11名【シアターゲーム】)

⑵三島クロケット:(12月1日18時30分から20時30分まで)/成人8名。【スズキトレーニングメソッド】

⑶知徳高校演劇部:(12月3日10時50〜11時50まで)演劇部6人、顧問の馬場先生、理事長、教頭先生【スズキトレーニングメソッド】

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★年代別効能

生徒達:子供達にとって日々の学校生活の中で行う遊びの中にドラマの要素は多分にあるが、対面する機会が減っている今、子供達に与える影響は心配されている。
 演劇的なゲームを通じて行う集団遊戯は公立的にコミュニケーションを行うのに必要な運動能力や感覚を養う。
 さらに勉強と運動が出来る人が脚光を浴びる学校で、表現によって各々の多様な個性に注目が集まる効果がある。
 共同作業により一つのテーマを完遂する過程で、参加者同士の絆作りに大きな効果を発揮させることができた。


成人向け:”演劇”とは英語で”PLAY”というが、これには”遊ぶ”という意味もある。演劇は子供時代の遊び体験中に育まれるものであり、良い演技を行うということは”童心”を持ち続けることが大きな要素となる。
 大人になるにつれて受ける教育が人格を形成するが、同時にさまざまなtabooが脳内に張り巡らされることになる。それ自体は社会生活を送る上で大変重要だが、いざ表現を行うときにはtabooをいかに克服するかがポイントになってくる。
 同時にtabooのコネクションを表現の力でプラスに転換することができたら脳内の発想力がより豊かになることは科学的にも証明されているので、コミュニケーションスキルアップと同時に、発想力やストレス解消にも有効性が見出せる。

❷リーディング・カフェ例

地元企業:会長がリーディング・カフェを大変評価してくださっているみしまプラザホテルさんのオファーにより、三島市が誇る童話作家の小出正吾作『ジンタの音』を題材にチャペルを無料で利用させていただき開催。

⑴みしまプラザホテルチャペル:(11月30日18時30分から20時30分まで)/12名

自主企画:一週間の滞在で出会った方々が誰でも集まれるリーディング・カフェ形式の場。全員で『ジンタの音』を読む。

⑴三島市民活動センター:(12月3日19時00分から21時分まで)/小中学生9名、成人 10名

★年代別効能

成人向け:物語を一人で黙読ではなく、参加者が各々のパートを音読することで、「」ではなく「」の行為になり、参加者が全員観客であり上演する表現者であるという非日常の時間を共有することができるのは、物語への移入に加え、結果的に明治時代の三島の様子を擬似体験に近い形で参入できる。その時間を共有できたもの同士お互いの人間性をより深く理解することができ、作品を通じた絆を繋ぐことができる。

小中学生:小出正吾さんが尋常小学校時代に体験したことがベースとなっており、子供達が活躍する物語であるので、明治時代の三島の街の様子に加え、小学生の生き生きとした姿を声に出して読むことは、より深く地域を知る手立てとなり、この日の経験が楽しい思い出として記憶に残ってくれることだと思う。


❸街中で活動

⑴みしま朝散歩(11月28日5時30分から10時まで)/成人40名、小学生1名

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⑵施設視察(12月1日9時から11時30分まで)/アテンド:古長谷市議、土屋市議、同伴:坂本武典(日本画家)箱根の里スタッフ6名

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⑶エフエムラジオ出演(12月1日wed12時10〜12時30分まで)/パーソナリティー安藤晴美

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⑷ギャラリー訪問(12月1日wed13時〜14時半まで)/エクリュの森(田村、坂田)/天竺(田村、坂田、山中)

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⑸三島100人会議(12月1日21:30〜22:30)/関根旅人、山森ホスト、高橋さん、川村幹事

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⑹vacanza(12月2日20時半〜22時)/関根旅人、山森ホスト、高橋さん、あゆみさん、真野オーナー(関根旅人の高校時代の同級生)

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⑺楽寿園散歩(12月2日14時〜16時まで)/三島郷土資料館(館長及び職員5名)、散策者約20名

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⑻みしま未来研究所(12月3日13時〜15時まで)/カフェスタッフ2名 青空稽古:中村聡介、陣中見舞い坂田芳乃、利用者数名。

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⑼和カフェ兎月園(12月3日16時から17時)/店員さん2名、お客様5組

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⑽Wendys(12月3日17時20分から18時)/店員さん2名、お客様4組

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 以上が一週間のMAWin三島滞在での旅人としての大まかな活動であった。

☆成果

 佐野小学校でのワークショップの様子をテレビ静岡さんが取材に来てくれて、夕方のニュースで流してくださったので、箱根の里や、合間のカフェに行った時などには声をかけられることもあった。

テレビ静岡ニュース

https://youtu.be/l2D_tRhVKpo

 しかし、通りすがりの三島の人は見てみぬふり、私の存在自体をシャットアウトしているものの、一旦言葉を交わしたり素性がわかると急に距離を縮めて来られる感じであった。

 とにかく日本では義務教育を受けているだけでは演劇に体系的に取り組む機会がない。
 よって、美術や音楽に比べると、敷居が高いと感じる方が多いのも事実である。
 しかし静岡県は明治以降初めてお上が文化政策として本格的に演劇に取り組んだ例と言える。
 SPACが活動を初めて来年で四半世紀だが、最近ようやく県民の皆様方とのチャンネルが充実してきた感じがする。
 とはいえ、SPACの知名度はまだまだ十分ではなく、さまざまな問題を孕んでいる。

旅を終えて

 今回私一人で旅人として一週間地域に俳優が住む可能性について色々模索してみたが、やはり学校などでの活動は有効であるが、小学校だけでも14校あり、個人でやるには限界を感じたが、しかしやれる範囲でやってみて、三島市民の皆様との演劇を使った交流を通じ、社会の中で演劇が果たす役割について深く考え、さまざまな試みを通じて確かな証明の機会を多数持つことができたことを喜ばしく思う。

 12月10日、三島市民文化会館ゆうゆうホールで新音楽舞踊劇『Eight ∞』が無事終わった。

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 今回三島で出会った人たちも多く詰めかけてくださった。

 そんな中ギャラリーエクリュの森オーナーの田村耀子さんから夜の部に行くつもりが来客対応が長引いていけなかったことを詫びるメールが届いた。

 続いてが以下のような提案だった。

 奥野さんに提案、この前お話を伺って思ったのですが、名乗る、というのは結構大事なんだな、というふうに思います。肩書?キャッチコピー?すでにおもちで私が知らないだけかもしれずそうでしたらお節介なことなのでご放念ください。

 そして、もし自分が20秒で死ぬが、願いが全て叶うとしたら何を願うか?と問われたのだが、私は「世界平和」と答えたところ感じ入るものがあったらしく、続けて演劇を通してやりたいことは?の問いに「この歳になったら身に付けたスキルの伝承ですかね」と答えたのだがそれについて、

先日20秒あったら、の時におっしゃっていた、「伝承」という言葉をもう一度辞書で調べてみたところ、なるほど、奥野さんが個人でされていることがまさにそれなんだ、とわかりました。ご自身でされる時は、例えば「伝承役者の」という肩書きをつけてもいいのではないか?などと思います。ごめんなさい、途中で行ってしまいました。朝早いので後で送ろうと思っていたのですが。(田村耀子)

 五十にして天命を知ると論語では教えられているが、”伝承”することが私の天命であるというのは、むしろ望むところである。
 『演劇は最高のバケーション』という気概で始めた今回のMAWだったが、私自身の人生の役割について深く考える機会にも恵まれたことは、大変有意義なことであった。
 ともあれ、今回の経験や出会いをますます活動に役立てたいと思う。









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