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『真夜中に捨てられた靴』

ある夜。わたしは友人と渓谷のコテージでくつろいでいた。

沢のせせらぎを聴きながらデッキで各々、好きに料理をして、酒を飲み、タバコをくゆらせながら会話した。ふと、友人が目配せした茂みに一匹の狸が身を潜めていた。狸はわたしたちの食料袋に狙いを定め飛びかかろうとしたが、間一髪、食料袋に伸ばしたわたしの手のほうが速かった。

暖炉に薪をくべて暖をとり、雑談した後、わたしたちは床に就いた。

夜が明ける前、わたしはふいに目覚めた。頭の半分はまだ夢の中といった状態で、どこからか甲高く、金を叩くような動物の声を何度も聞いた。

朝になりデッキに出て、わたしは驚いた。わたしの靴の片方だけが消えている。友人の靴は昨夜と同じようにきれいに並べられたままだ。わたしはすぐに悟った。靴を片方だけ持ち去ったのは、食料袋を奪い損ねたあの狸の仕業だと。

まだ、眠っている友人の靴を履き、わたしは靴の片方を探した。わたしの靴はコテージから少し離れた茂みの中に捨てられていた。

靴を拾い、やれやれとコテージに戻ると、まだ眠っている友人を起こさぬよう静かに珈琲を入れてデッキに出た。あの狸は、真夜中にこっそりと舞い戻り、靴を片方だけ茂みに捨てると、腹いせしたことを腹つづみで、わたしに知らしめた。

沢のほうを眺めながら、わたしは思った。向こう側であの狸もわたしの様子を伺っているのかもしれない。わたしは狸の腹いせに不思議とユーモアを感じた。

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