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『アンティークショップでの出来事』

旅行に出かけると目当ての観光スポットや名所をそっちのけで町の路地裏や商店街に迷い込む癖がある。

倉敷美観地区の近くに小さなアンティークショップを見つけた。扉を開けて店内を覗くと柱時計の時を刻む音がする。石油ストーブのヤカンから湯気が立ち上っている。
「こんにちは」
湯気の向こうから店主が声を掛けてくれた。

年輩の男性客が棚から古い絵葉書を手に取り、額のメガネを上下させながら品定めをしている。店の奥から店主が再び声を掛けてくれた。
「跨いでってください、大丈夫ですから」
店内の床には店主が仕入れてきた品々が足の踏み場がないほど並べられている。

「無理じゃろう」
二の足を踏むわたしを見て年輩の男性客が呟く。
「跨ぐのか、大丈夫だろうか、商品を踏んづけやしないだろうか」
そう思いつつも、意を決して僅に空いたスペースに足を突っ込み、なんとか店内に入った。
「足がながいのぉ」
一瞥し男性客が冗談を言う。

なんとか店に入れたことに安堵し、足元の商品に注意しながら雑貨を見て廻った。

陶器でできた小さな民芸品、気泡の入ったガラスの小瓶、古い紅茶の缶や文房具、ガラス乾板。柱時計の針の音やヤカンの湯気の音が心地いい。

古書の棚から『おしいれのぼうけん』を手に取るとパラパラとページを捲り、子供の頃この本を読んだことを思い出して懐かしくなった。

この日、小さなカブトガニのペーパーウエイトをひとつ旅の思い出に買って店を出た。『おしいれのぼうけん』を買い忘れたことを少し後悔しながら美観地区のほうへ歩いた。

ふと、疑問に思い足を止めた。あの男性客はどうやって店に入ったのか?そしてどうやって店を出るのか?

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