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ともにいるのは

ある母親がいたんです。
たくさんの子どもがいて、毎日がとても忙しかった。
安心して過ごせるようにいつも気を配り、働いていた。

だから、おうちの中でたくさんのルールを作ったんです。
こうしたら効率的、こうやったらうまくいく。
最初は無秩序だったおうちの中に、たくさんのルールができました。

子どもたちは、その中でうまく生きていました。
お母さんに迷惑をかけないように
お母さんに好かれるように
お母さんに愛されるように
母の愛という小さな檻の中で、無事に大きくなっていました。

ある日、子どもの一人が、外に出かけていきました。
外の子に遊びに誘われたんです。

初めて母の愛のない場所に出かけた子は
とても不思議な感覚でした。
なんだかすっきりしているのです。
空が澄んでとおくとおくの山の向こうまで息がとどいて
おおきくおおきくからだの中に波がおきていました。
大地があたたかく足のうらから息が出たり入ったりもしているんです。
そこにあるすべてのものが、仲よくみんなで動いていました。

あまりにも楽しかったので、その子はほかの子に伝えました。
「外にあるすべてと、仲よく遊ばない?」

子どもたちはみんな目を輝かせて一緒に外に出ていきました。
すべてのものと一緒におもいっきり遊びました。
はじける実をわけあい
さらさら流れる水を空にまいて
大地からたかくたかく伸びた木のゆったりしたこえをきいたり
みんながすべて仲良しでした。

たくさん遊んだあとでふと思い出したのはお母さんのこと
お母さんにもおしえてあげなきゃ
子どもたちはおうちにかえってお母さんに伝えようとしました
外のみんなが仲よく遊んでいることを
外のみんなはとっても面白くてやさしいことを

母親は聞けませんでした。
おうちの中ではルールが大事だから
ルールを守ることがやさしさだから

おうちの中にいるならルールを守りなさい

子どもたちはみんな外にいることにしました。
みんなと一緒にいることが楽しくてしかたがありませんでした。


子どもたちがみんな出ていったおうちの中で母親はひとりになりました。
いつぶりだろうひとりでいられるのは
なんだかなつかしく不思議な感覚です。

いつも子どもたちをみていました
うまくいくように
こまらないように
笑っていられるように

でももうひとりです。
ここにいるのは「わたし」だけです。

「わたし」は
長い間ずっとそばにいてくれた「わたし」のことを思い出しました。
「わたし」が子どもたちばかり見ていたときも
「わたし」を見ていてくれたこの「わたし」が大好きだったことを思い出しました。

「わたし」は「わたし」とともにやりたいことをまたひとつずつ
やってみることにしました。
子どもたちのために使っていたおうちを
「わたし」の大好きなもので彩っていきます。
「わたし」のすきなきれいないろ
「わたし」のすきなうつくしいと感じるかたち
「わたし」のすきなゆたかなおと

たくさんの「わたし」の好きで満たされたおうちは
もうすっかり外のみんなと同じになっていました。
みんながいつのまにか遊びに来て
みんなでたくさんの喜びをひろげて
おうち中をかがやかせて
すっかりみんなにとけこんでいました。

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