
読書記録『高虎と天海』
なんだかめちゃくちゃ久しぶりの更新になってしまいましたな!
ども!
さっそく2025年最初の読書記録はこちら。珍しく新刊。
高見俊『高虎と天海』(新潮社)
です。
「あ、そっちね」とお察しの方もいらっしゃるかと存じますが……
このタイトルにある2名、
高虎というのはもちろん、築城の名手藤堂高虎であります。
個人的には母が三重県津市出身、父が愛媛県今治市出身がゆえ、津城と今治城のどちらも築城している藤堂高虎には親しみを感じています。
そしてもうひとりの天海とは天海上人……
本能寺の変後の山崎の戦いを生き延びた明智光秀であるという説のある人物です。
明智光秀はそもそも出自が謎であり、実際にはいつどこで生を受けたかも定かではないわけです。
(生まれの地である「明智」は岐阜県の恵那と可児にあり、どちらにも「光秀の産湯」がある。以前に訪問したのは可児のほう。)
それどころか、「山崎の戦いで破れてはいるが、誰も光秀の首を見ていない」というところから「実は死んでないんじゃね??」という噂まであるんですね。
そのなかで、歴史的な資料はほぼ存在しないにもかかわらず広く知られているのが「天海上人は明智光秀その人である」という説であります。
そんな天海上人と藤堂高虎にフィーチャーした作品が、今回取り上げる『高虎と天海』というわけです。
本書は将軍となった徳川家康がどのように太平の世を磐石なものとしていったか、この両名のブレーン(高虎は智略のみならず力もすごいけど)の功績に焦点を当てて語られています。
ちなみに章立てが細かくセリフが多いので、実際のページ数よりもサッと読めます。
そのため小説としての文章のおもしろさというよりも、歴史そのものの流れや人物像のおもしろさが際立つ作品であるかなと感じました。
自分は戦国武将では明智光秀と織田信長が好きなため、歴史は山崎の戦いでおわっており(関ヶ原にすらたどりついていない)家康が重用した家臣たちについてやその後の話はほとんど聞き齧りのレベルでした(その時代の大河ドラマはむか〜しの秀吉と軍師官兵衛しか見ていないし、どうする家康も本能寺の変前までで見るのをやめてしまって現在見直し中)。
なので家康が将軍になってからのお話、大坂冬の陣・夏の陣などは新鮮で面白く読めました。
天海上人に惹かれて読み始めた人間としては、冒頭からずっと「天海上人=明智光秀説について触れるのかな?」と頭の片隅にあるわけですが、読み進めていくと「なるほど!」とさせられます。
仕える主を変え狡猾に生きた高虎と、仕えた主に刃を向けた光秀、しかしその願いは共通して「平安な世をつくりたい、その力のある人に仕えたい」であったはずだと思います。
260年続いた徳川の泰平な時代は、決して家康ひとりの力でつくられたものではないのだということを感じる作品でありました。
でもさ、もし天海上人が光秀だった場合、家康と光秀は面識があったわけで、20年くらいぶりに再会したらさすがに「あれ?なんか見覚えが……」ってならない?
一緒に戦っていたわけだし、たとえおっさんが爺さんになって剃髪していたとしても「ちょっと誰かに似てるような……」くらいには思いそうなものだよな、と思ってしまいますな。
それに天海上人は「延暦寺で修行した」というわけだけど
光秀、延暦寺焼き討ちの実行人(特に戦後処理担当)じゃん。
命令で仕方なく、ほんとうは寺に火を放つなんて絶対したくなかったタイプだとは思うけれど、自分で火をつけた寺で「修行していました!そこの僧です!」ってなかなか言えないよな、とは思います。
そのくらい深く延暦寺焼き討ちのことを後悔していたとか、自身への戒めのためにその経歴としたとか、欺くにはそのくらいのことをしないと、とか色々考えられるのも面白いところですが。
しかも本書で天海は家康より6つ年上とされています。
しかし明智光秀は1528年頃の生まれ、徳川家康は1543年の生まれで、実際には光秀は家康より18歳ほど年上なはず。結構豪快にサバを読んだ計算です。
さらに「天海上人は108歳で没した」とあるんですが、それだと天海上人が光秀であった場合、120歳くらいまで生きたことになります。
アイドルでもびっくりするくらいのサバを読んだ上に120歳越えの大往生をした明智光秀、スゲ〜〜!
と、せっかくの読書記録を台無しにする感想でした。
本作のなかで豊臣秀長(秀吉の弟)の話題がたびたび登場するのですが、そのおかげで来年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』が楽しみで仕方ありません。
もし秀長がもっと長く生きていたらどんな日本になっていたのかなぁ。
歴史の楽しみ方は「もしこのとき○○が●●だったら」と考えるところにもありますな。
それからいくと、「天海上人が実は生き延びた明智光秀で、徳川家康がつくった泰平の世は光秀の助力があってこそのものだった」と考えるのはとてもよい楽しみ方だなぁと感じます。
てなわけで今年も気ままに更新していけたらと思います。
ヘッダー画像は10年くらい前にお墓参りに行ったときに立ち寄った今治城です。
ではまた〆