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YOASOBIと奇跡のひとたちに感動


3月になってしまった。ぼくたちの、あの夜の記憶が薄れてしまう。
忘れ去ってしまう前に振り返ろうと思う。

あの夜,ぼくたちは沢山の奇跡を確かめたのだ,と思う。

奇跡のひとつめは,YOASOBIというユニットそのものについて。

何よりも楽曲。
革命的に飛び跳ねる音。
DTMだから実現できる演奏不能のベースとピアノ。
そしてボーカル。演奏不能のアンサンブルと同様に,初音ミクでしか歌えないブレスのないメロディ。
数多(あまた)溢れるミュージックシーンのなかで,ひと際目立つ楽曲に,ぼくは惹かれたんだ。

その高難易度の楽曲を人間たちが奏でたことが最大の奇跡だった。それを,ぼくは目撃したんだ。

ボーカルikuraちゃんの超絶技巧にぼくの心が揺さぶられ続けたのが2020年だったとすると,紅白を起点に,CDTV,ミュージックステーション,そしてこの夜のKEEP OUT THEATER11と続いた2021年は,DMTミュージックを生身の人間が奏でることができることを、ぼくが知る年になった。

セットリストの第一曲目は「あの夢をなぞって」。
デビュー曲「夜に駆ける」がリリースされたわずか一か月後に配信された楽曲だった。


●「あの夢をなぞって」からスタート

ファーストライブの第一声が,冬の風が吹き抜ける工事現場の奇妙な静寂の中で始まるアカペラというのは,可憐な女の子であるikuraちゃんにとって、どれほど重圧だったろう。
震えるようなボーカル。心なしか怯えるような立ち姿。
緊張がはちきれるのを待つような,オリジナルより少し長めの静寂。ぼくも緊張しながら見つめた。

しかし,そこから一気に仲間たちの演奏のバックアップが始まった。一気にバンドが猛烈な音の世界に誘って、KEEP OUT THEATERの幕は切って落とされた。ぼくも一気に緊張から興奮に加速した。

紅白の演奏メンバーがSNSで紹介されて以降,ぼくは,無名の彼らをネットで検索し,ツイキャスをフォローした。そして個性的な実力者たちであることを知る。そんな中でAssHは別格の経歴を持つスーパーギタリストであることを知った。

ファーストライブのスタートという緊張のとき,メンバーはAssHの姿を頼ったのではないか。

プロジェクションマッピングによる花火の中心に頼もしくエレキギターを操るAssH。間奏の圧巻のギターソロにより,メンバー全体の演奏が波に乗ったのが,ぼくにはわかった。

「あの夢をなぞって」は,YOASOBIの楽曲の中では地味なチャート順位にとどまっているけれど,ayase本人が,メロディーラインは一番好きと語っていることからも彼らにとって重要な楽曲であるに違いない。「夜に駆ける」と違ってハッピーエンドのラブストーリーが,ブレーク前の初期に,サポートメンバーもいないayaseとikuraの2人だけで作られたんだ。

であるから,印象的な「好きだよ」の一節を,ikuraちゃんがayaseに語り掛けるように歌ったところで,ぼくの涙腺は一気に崩壊したのだった。


●一途なMC

YOASOBIは,そのピュアな人間性でも,ぼくを強く惹きつける。

ミュージシャンというと屈折や狂気を纏うことが必要であるかのような先入観があるけれど,彼らにはそれがない。ネットからもたくさんの謎のアーチストがバイラルチャートにあがり,それぞれに皆魅力的であるんだけれど,望むか望まざるかはわからないが,彼ら彼女ら(いずれか分からない場合もあるが)は経歴不明,人格不詳のままだ。

振り返れば,こうした一般社会からの隔絶性は,フォークロックの黎明期からの定番でもあると思う。拓郎やユーミンも当初はTVを拒否していたし,ニューミュージックが成熟しJ-POPとして巨大なパラダイムを築いた後も,マスコミに背を向けて孤高を貫くアーティストや理解不能のコメントやファッションは一つの文化になっていると思う。

既成概念に取り込まれるのを否定する気持ちや,ルックスに惑わされず楽曲を聞いてほしいという主張は,ぼくにもよくわかる。

しかし,YOASOBIには,そんな肩肘張ったところがない。YOASOBIも謎のプロジェクトからスタートしたのだけれど,あっさりと謎のベールを脱ぐと,ayaseとikuraは沢山のYouTubeチャンネルに登場し,バックボーンをほとんど隠すことなくさらけ出してくれた。

ayaseの本名こそは明らかにされてはいないものの,家族構成や地元の友人まで普通に語ってくれるし,ikuraちゃんはあっけらかんと家族のことや自分の胸の内を話してくれる。二人ともフランクで低姿勢でハキハキしている。「紅白、それは出たいでしょう!」と二人素直に声をそろえて話すのを聞いて,ぼくも,ぼくたちも、ぼくたちの家族もそろってホッと安心したと思う。

2曲目「ハルジオン」を歌ったあとのMC。半年間準備してきたこと,衣装を手作りしたことを教えてくれた。タブレットのネット接続が切れてしまうアクシデントや,寒さの中で歌うikuraちゃんが,ぼくたちに対して「ぬくぬく」と口を滑らしてしまうところなど,ikuraちゃんの天然全開。それが、ぼくたちにはとても嬉しいんだよ。

さらに,「たぶん」,「ハルカ」の後も乾杯の前に味見してしまうところなど,親しみやすさ抜群。万人みなそれを見て喜んだんだ。


●メガヒット真骨頂

ライブも中盤になると、演奏もボーカルもほぐれてきて、メンバーは、ライブの空間を自分たちのものにしたようだった。震えるような緊張の序盤と違い,しっとりととろけるような空気が画面越しに伝わってきた。

ここで,カッコイイとファンの間で評判の「怪物」。1年を振り返り「幸せだ」と語る二人のMC。そして代表曲「夜に駆ける」が続いた。

1年半前コタツ上の旧式のMACでayaseが作ったという「夜に駆ける」は、NHKでも紹介された仰天の作曲法。まさにDTMの極みだ。すべての演奏パートを指一本で作り上げたという。DTMであるから,演奏不能の音展開を平然と駆使する。音楽評論家が音の深みが無いと批判したというが的外れに聞こえる。

そして彼らは,このライブで,生身の人間が,リアルな楽器を操り,深みのある音を響かせた。批判に無言で答えたともいえる。

スーパーボーカルikuraを,AssHの超絶技法のギターが,時にエレキで,時にアコギでリードする。姿も演奏も素晴らしいベースのやまもとひかるとキーボードの禊萩ざくろがサポートする。謎のドラマー仄雲が,エモーショナルにリズムを支える。中央のayaseの多芸な演奏はYOASOBIの,やはりシンボルだ。

ぼくは,その姿を一瞬も見逃すまいと全集中した。


●クライマックスへ

セトリの最後に彼らが用意した楽曲は、「群青」。コーラスが印象的なスマッシュヒットの楽曲を,歌えるバックバンドをひとりひとりikuraちゃんが回った。ぼくたちが狂喜した演出が締めくくりだった。

最初にikuraちゃんが訪れたのは,ドラムの仄雲。
無名の謎のドラマーだ。ほかのメンバーは検索すればいくつかの情報がヒットする。しかし、彼の情報はぼ皆無だった。

いくつかの背景があきらかになったのは、仄雲自身が主催したツイキャスのなかだった。ayaseとは旧知であったこと、福岡にいて東京に出てきたのはつい最近であること、そしてざくろをayaseに紹介したのは自分であるということ。

シャイな孤独男が流れに任せて独り言のように話すツイキャスなんだけど、そんなシャイな彼が,ライブ数日後のキャスで,「メンバは家族」と熱く興奮を語った。「群青」でikuraちゃんがやってきたとき、防音のアクリル板に手を触れて歌う姿が見えたという。特等席だったという無邪気な感想に,ぼくは嫉妬した。

でも,そんな誰もが座れる場所でないところに,場所を得たのは彼の実力だ。無名だが確かな腕があった。次号のドラムマガジンでNextDrummerで紹介されるのだという。
おめでとう。
彼はメンバーで唯一,歌は素人レベルなんだが,そんなことどうだっていい。彼は,YOASOBIにより人生が激変した一人だ。

次にikuraちゃんが訪れたのは,ベースのやまもとひかるのところ。
ひかるは、愛らしいマスク、初音ミクのような高音が特徴的でアイドル歌手のようでもあるが只者ではなかった。
肩幅より少し広めにスタンスをとり背筋を伸ばしてベースをかき鳴らす様はカッコイイ。「DOGMA」と「NOISE」をデジタルシングルでリリースしたソロアーチストとしても階段を上りつつある。
アルフィーの坂崎幸之助が、ギンギンにベースを引くところが気に入った,とCS番組フォーク村で重用しているほどの実力者だったのだ。

YOASOBIでは,エレキべースとシンセベースを場面によって演じ分ける。そんな演奏の難しい場面だったが,ikuraちゃんがやってくると満面の笑みで二人はしゃいでジャンプした。お嬢様風のikuraちゃんとロックンロールなひかるは対極のジャンルだが、YOASOBIでは見事に融合した。

二十歳そこそこの女の子ふたり,仲良く恵方巻きをたべてはしゃぐ動画が上がった時,ぼくたちの「いいね」は猛烈な数になったのだ。

そしてギターのAssH。
彼は6人の中で抜きん出て経験が豊富だ。ミュージシャンの中でも超絶テクのギタリストとして知る人ぞ知る存在で,AssH名義のアルバムも発表している。

ayaseとは旧知という。紅白で突然発表されたサポートメンバーを見たとき,正直なところぼくは,いったい誰なんだと思ったものだ。
しかし,ネットで「AssH」をググり,ファンサイトを発見し,だんだんと彼を知った。そして,アナーキーなヘアスタイルに隠されたつぶらな瞳と,やはり素直な良いヤツであることを知った。
月額330円のofficial fan siteは,KEEP OUT THEATERのあと猛烈に加入者を増やしたらしい。ぼくも加入した。
Member Onlyの「AssHのおしゃべり」において,YOASOBIバンドの秘話も控えめに語ってくれている。ハルジオンのために60万のアコギを買ったのが10月ころで,そのころYOASOBI BANDが始動したという。人見知りの彼もまた,メンバーを家族と語る。

それを聞いてぼくは,またムネアツになった。

曲の終盤になり,ikuraが訪れたのは禊萩ざくろ。
不思議な名前だが、植物に詳しい自然愛好家なら意味がわかるだろう。
植物のザクロ属はミソハギ科なのだ。ちなみにミソハギ科が分類される上位目はフトモモ目である。ざくろはスリムな女性だが,太ももに洒落たのかもしれない。

彼女も知られざる魅力的なアーチストだった。福岡を拠点にザクロという3ピースユニットで活動している。アルバムもリリースしていて、そのアンニョイな歌声はアダルトでとてもいい。「Stereo」や「アイノメッセージ」は夜のBGMに似合うお洒落な楽曲だ。そんな歌えるアーチストがキーボードで参加しているのだから贅沢だ。

だから,「群青」の印象的なコーラスも,ひかる,AssH,ざくろ,そしてayaseで十分成立する。

最後にikuraちゃんが帰ってきたのはayaseのところ。
ayaseもまた無名からわずか一年で,一気にスターダムに登り詰めた新星だ。二人が敬愛するというaikoの言葉では,「突然やってきた隕石」なのである。ぼくも,何者なんだろうとネットを検索したりした。昔を隠すことなく話してくれるから,だんだん彼のバックボーンを知る。子供の頃長くピアノを習っていたことや10年間ボーカルとしてバンド活動していたことなど。Nステの密着ドキュメントではikuraちゃんに生歌で歌唱指導する様子や仄雲のドラムセットを遊び半分で軽やかに叩く姿が公開されたが,ボカロのお陰で偶然ヒット曲ができたというわけではないことが分かる。しっかりとした音楽的バックボーンを持った多芸なアーチストだったのだ。なのに謙虚に「周りに恵まれて幸せ者だ」と語るところで好感度アップ。ぼくも、ぼくたちも、ぼくたちの家族も虜になったんだ。

いよいよクライマックスだ。ikuraちゃんはayaseのキーボードに手をかけて「あとは楽しむだけだ」と歌った。一瞬ayaseがほほ笑んだように見えた。

そして。ikuraちゃんの素晴らしい「ああー」の熱唱。うまい。ここにきてなおikuraちゃんの凄さに震える。彼女も無名から「振り落とされないようにしがみついて」駆けあがってきたわけだが,YOASOBIを切っ掛けに,ぼくは幾多りらを知った。ティーンの頃からストリートで歌う度胸と歌唱力に驚愕し,Eggsでインディーズ時代を掘り起こしてピュアな姿に感動した。YOASOBIとは違い遊び心のない真っすぐなアコースティックな楽曲。震災から9年後の3月11日に東北の家族模様を写し取ったMVが発表された「ロマンスの約束」は長く歌われるかもしれないピュアな名曲だと思う。YOASOBIからシンガーソングライター幾多りらを知ったことは,ぼくたちにとっての幸運なのだ。

やがてライブはエンディングを迎えた。バンドメンバーは,最後のコーラスを「確かにそこに,君の中に」と歌い上げ、楽器を置いた。


●それから

2月末にTheFirstTakeからビッグプレゼントがあった。バンドメンバーに加えてikuraちゃんがずっと所属してきたアコースティックグループの「ぷらそにか」から9名がコーラスに参加するという豪華版の「群青」だった。
ぷらそにかは,ソニーミュージックが主催する新人アーチスト養成講座の受講生らにより2016年から活動しているというが無名だ。ikuraちゃんは幾多りらとして2017年から参加していたという。このグループもYOASOBIによって間接的に知名度が急上昇したのではないだろうか。YouTubeに数々のカバー楽曲を公開しているのだが,全員驚くほど歌がうまい。そして楽器も操る。突然スターダムに上がってしまったikuraちゃんとも,ほほえましい交流が伝えられ,ほっこりする。ikuraに続け,と次のスターが登場するかもしれない。

KEEP OUT THEATERの終盤にayasは「やしろ,山本の2人のスタッフと4人だけでスタートしたYOASOBIがこんなに巨大になるとは夢にも思わなかった」とスタッフの名前を紹介した。どんな経緯で彼らがプロジェクトを企てたかは不明だが,彼らもまた,小さなYOASOBIを核に,人生が激変したのではないだろうか。

YOASOBIが人生を変えたのは音を奏でるミュージシャンだけにとどまらない。もととなる小説や,MVのイラストレータもそう。さらにAssHのFanSiteで面白い秘話が語られた。

たかもも(TAKAMOMO)というカメラマンがKEEP OUT THEATERの公式カメラマンとしてたくさんの写真を公開してくれたのだが,
その彼は,AssHが紅白に付き人として連れて行ったのがYOASOBIに関わる切っ掛けだったのだという。本職のカメラマンとしては何の約束もなかったが,現場でうまい具合に受け入れられ,写真を撮り,撮った写真が評価され,その後のCDTVやミュージックステーションにも同行撮影が許され,ついにKEEP OUT THEATERで正式にカメラマンとして依頼を受けたのだという。
彼もまた,YOASOBIのジェットコースターに乗った奇跡のストーリーだったのだ。

そもそもYOASOBIのデビューからの1年は,奇跡の1年だ。コロナ禍という未曽有の1年は,今生きているぼくたちにとって一生忘れることができない特別な1年になることは疑いない。だからこそ,ネット配信が広がり,TheFirstTakeが注目され,見たことがない少女がスペシャルアレンジの「夜に駆ける」を歌ったのを,ぼくたちは目撃することができたのだ。

その延長線上にKEEP OUT THEATERがあった。普通ならば,オンラインライブなどというカテゴリーすら生まれなかったろうから,ステージ以外でファーストライブを挙行するということは発想されるはずもない。ましてや,工事現場でライブを行うことなど考えつかないから,あの演出やカメラワークが生む不思議な世界は,絶対に生まれなかっただろう。

それが真冬の夜の新宿ミラノ座であることも,何かを象徴しているように思う。

冬来たりせば春遠からじ

やがて数年後には喧騒の新宿が戻るだろう。
そのとき,新ミラノ座は,ぼくたちYOASOBIファンの聖地になる。
新しいビルを見上げるたびに,あの夜の感激が思い出されるに違いない。
今後何があっても,振り返る原点になるといい,とぼくは思う。

YOASOBIの2人にも,バンドの4人にも,スタッフやサポータやぼくたちにも,これからいろんなことが訪れることだろう。良いことばかりではないかもしれない。成長すれば,軋轢や思惑や重圧や慣れが襲い掛かってくるだろう。しかしどんなときも,あの奇跡の夜を思い出して初心に戻れればと思う。

ikuraも一層スーパーなボーカルになるだろう。どんな場面でも,絶対音感でさらりと歌い上げるようになるに違いない。そうなったとき,あの夜の,震えるような歌い出しを聞いたことを,ぼくたちは誇りにもうだろう。

YOASOBIは,夜の遊びではあるけれども,ぼくたちの遊びなんかじゃない道しるべでもあるのだ。

●PS(追伸)

ビッグサプライズだった。「群青」からわずか2週間後に「優しい彗星」がTheFirstTakeでプレミアム公開されたのだ。今度はikuraちゃんが一人で登場。赤いルージュで大人びて見えたが、息づかいは儚げでTFTの緊張が伝わってきた。

公開されたのは、荘厳さとオルゴールの煌びやかさを併せ持つayaseのスペシャルアレンジ版だった。

2日後にayaseが電撃的に配信したツイキャスを聞いて驚いたあのアレンジ版を多忙なスケジュールの隙間の一晩で作り上げたのだという。そして、ikuraがその音源を受け取ったのがTFT本番の前日だったという。その短期間でのアレンジと、短期間で歌を仕上げるボーカル。

なおも、YOASOBIは次々に奇跡を見せてくれている。

#YOASOBI初ライブ

#TheFirstTake

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