恐るべき店員
娘のニット帽を買うことにした。
今ある帽子は全て新生児サイズのもので、生後6ヶ月の娘にはだいぶ小さい。
手頃な値段の帽子が売っていそうな量販店には車で行かねばならず、子連れでの運転が不安な私はそれを先延ばしにしてきたが、秋も深まりいよいよ寒くなってきたところで未だにハゲ頭の娘が可哀想になってきた。
ふと、いつもの散歩コースに小さな子供服店があることを思い出し、少し割高でもいいから帽子を調達しようと散歩の途中で寄ることにした。
店に入るとかなりこじんまりとしていて、昔ながらの商店といった雰囲気がある。
60歳くらいの女性店員が「あらー!なんて可愛い子なの!」と娘を褒めながら出迎えてくれた。
この人、商売人だ…!
咄嗟に身構えたが、今日は買う目的で来ているのでセールストークをされても構わない。
「この子のニット帽が欲しくて…」と言うと、店員はすぐさま「これはどうですか?」とピンク×紫ボーダーのニット帽を差し出した。
ちょっと派手だな…と思いつつ、勧められたので一応娘に着せてみる。
「とっても可愛い!」店員は言う。
確かに可愛い。可愛いけど、ちょっと派手だし私の趣味じゃない。
私の理想は、白色で両耳の所から長い紐のようなものが垂れ下がっている帽子だ。
すると店員が「こういうのもありますよ」と私の理想ドンピシャの白い帽子を出してきた。
そうそうそうそう!!!これこれこれこれ!!!
興奮しながら着せてみる。
やはり可愛い。
値段を聞くと、派手な方が25ドルで白い方が20ドルだと言う。
気に入った白の方が少し安いし丁度いい。
これ買います!
と言おうとした瞬間、
店員が
「この白いのはアクリル素材ですけど、さっきのピンクの帽子はウールですよ!」
と言ってきた。
ん?素材の違い…?
それって、気にしなきゃいけないことなのかな…?
私「あ、そうなんですね。どっちも可愛いから迷っちゃいます(白が欲しい)」
店員「どっちも可愛いですよね!ただ白いのはアクリルで、ピンクのはウールですからね!」
私「そうですか、寒くなってきたので暖かいのがいいですよね(白が欲しい)」
店員「アクリルとウール、違いますからねー!」
店員が素材の情報を何度も念押ししてくる。
まるで「この5ドルの価格差は化学繊維と天然繊維の違いによるものですよ。まさか大切なお子様に化学繊維を着せるつもりではありませんよね?」と言われているようにすら聞こえる。
いいや、ただの被害妄想だ。
もしかしたら英語の聞き間違いで、アクリルではなくアルパカと言ったのかもしれない。
私「こっちはウールですよね。で、こっちはアクリル…ですか…?」
店員「はい、アクリルです。化学繊維です」
聞き違いであることを願って聞いたのに、逆にはっきりと化繊宣告されてしまった。
白い方が断然気に入っているけれど、ここで白い方を選ぶと“5ドルけちって化学繊維を選ぶ母親”だと思われてしまう。
どうしよう。どうしよう。
「じゃあこれください」
私が手にしたのは、ウールの派手なピンクの帽子であった。
店を出た瞬間から後悔の波が押し寄せる。
なぜつまらないプライドでこんな派手な帽子を選んでしまったのか。
やっぱり白のがいい。今すぐ店に戻って交換してもらおうか。
でも今買ったばかりのものを交換してくれだなんて変な人だと思われる。
しかし明日以降になれば「使用済みなので交換できません」と言われる可能性が高い。
…だめだ。どうすることもできない。
絶望感に苛まれながら家路についた。
その日の夕方、仕事から帰ってきた夫に事の顛末を話す。
「素材なんか気にせず、最初から白い帽子を買えばよかったよ…」
すると夫は
「このピンクの帽子、すごく可愛いよ。でもそんなに気になるなら明日白い帽子も買ってきなよ」と言った。
いやいやいやいや!
帽子なんて1つで充分なのに2つも買うなんて!
しかも合わせて45ドル!
乳児の小さな帽子に出す値段としては高すぎる!!!
翌日、私は同じ店で白い帽子を握りしめていた。
この20ドルはもはや帽子の値段ではない。私の心のモヤモヤを解消するための値段だ。20ドルで心の平穏が買えるなら安いものではないか。
ふと、昨日店員が言った言葉を思い出した。
私が2つの帽子を手に持ち「どっちがいいかな?」と娘に訊いた時、
まだ話せない娘の代わりに店員が答えたのだ。
「両方買ってほしい〜!」
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