あなたの墓を暴くなら(週報_2018_09_29)
「趣味は人間観察でしょう?」と、よく言われる。
大抵、ニヤニヤ笑いながら。
私にしてみれば冗談じゃなくて。
観察なんてもんじゃない、めちゃくちゃ関わってる。
見てるだけなんて勿体無い。
面白そうな匂いがあってもなくてもとりあえず一噛みさせて、どんな味がするの?どんな声で鳴くの?どんな色の血が出るの?
縦にも横にも揺さぶりたい。
そのために多少の返り血を浴びたって構わない。
その覚悟で全力で関わってるのに、それを『観察』だなんて失礼しちゃう。
もちろんうまくいかないこともある。
私は相手の心に上がらせて貰うとき、必ず手土産を持って行く。
私の恥ずかしい秘密という手土産。
もちろん受け取って貰えないときもあるし、受け取って貰って上がり込んでみたら整然としていて塵一つないつまらない部屋だなんてこともよくある。
1年がかりで関係を温めてきた男性がいる。
とは言っても交際には至っていない。
彼には一緒に暮らす女性がいるから。
彼は私を口説いてきたけれど、私は彼には裏の顔があるんじゃないかとずっと推し量ってばかりいた。
知れば知るほど彼は興味深く、出会って半年を過ぎた頃から関連書籍の感想を絡めながら、彼についての考察文を書き進めた。
取り憑かれたように筆が乗るときは面白いものを書けているときだと確信している。
しかしこれは、勝手に世に出していいものか。
そこでバカ正直な私は本人に許可を求めることにした。
「あなたのことを書いていい?」
結論から言って、かなり食い気味に拒否された。
そっとしておいて欲しいとのことだからもうその詳細すら語ることはルール違反なので伏せるけれど、強い拒絶反応だった。
もともと、彼に承認を得るために検閲をされるくらいなら書いたものを棄てたほうがマシと思っていたので私はあっさり諦めたふりをした。
私が私の言葉で書かなきゃ意味がないと、つまらない意地があった。
手を引くね、と彼に伝えた言葉に嘘はない。
ただ彼に怒りや不信感を与えないように出来るだけ明るいトーンで言ったために、私の書きたいのに書くことを咎められた気持ちとの間に温度差が生じて結露のような不快な感覚だけが残った。
「書かないでって言われちゃった」
兄のように慕う知人にこぼしてしまう。
「経験を元にしか書けないのなら再構築する力をつけるしかない。
そうしないと誰も君と関わりたくなくなってしまう。」
図星すぎて変な声が出た。
そうなんだ、今の私は饒舌な墓荒らし。
待てそれも突き詰めればいいのか、いや良くないか。
一人ぼっちになるのは怖くはないけど。
つまりは現状維持だから。
私のメモ帳には付き合いのある人たちそれぞれのページがあり、見出しで仕切られたその場所が私の中で彼らの仮住まいとなっている。
相手への思い入れによって文章量は変わる。
塵一つない部屋の住人たちは、私の中の別宅でも文字のないまっさらな部屋に住んでいる。
どんなに長い時間を一緒に過ごしても、私の好きな匂いがしてこない人には特筆すべきことが見つからない。
逆に、思い入れが強すぎて真っ黒になるまで書き留めるだけでは足りず、お別れをする日の私の心理描写まで書き終えている人がいる。
着地点が決まっていると、相手に何も期待せずに暮らしてゆける。
私は悲哀を含んだ人が好きだ。
私のプライバシーと引き換えに生乾きの洗濯物のようなじっとりと湿っていて独特の匂いのする秘密を持たされた日には、その人にのめり込んでしまう。
「その人のことを書けばいいじゃない」
前述の書かれることを拒絶した彼が矛先を変える目的なのか、提案してくる。
「書いてるよ、もうさよならするところまで書き終わってる、私、時系列では書かないから。」
「うまくいくラストも書いてみたらいいのに」
膨らみ始めた風船爆弾みたいに私の関係者たちが私のことをパスしながらなすりつけ合う姿が目に浮かぶ。
最後には誰も受け取る人がいなくなって、地面の上で爆発するの。
だったらもう開き直って「趣味は墓荒らしです」って言ってやろうかな。