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大人の『ケンカ』
喧嘩というと夫婦喧嘩とか親子感のものとか、子供同士のちょっとした口喧嘩(無視などはイジメに入ると思っていますので喧嘩ではありません)とかだと思いますが、大人の、他人間のものですと、なかなか修復は難しいですね。
とある新目の政党内部が、かなりギクシャクしています。コアな支持者ではないのですが、SNSなどで耳に入るということは、かなり実際はその数倍大変なものとなっているのでしょう。
そのメンバーにいらっしゃる学者の方が昔からファンです。最近は地上波に出ることが減りましたが、SNSで精力的に発信をされているので、いつも拝見しています。
少し前までは政党主要メンバーとして五名の方が、「党の顔」として強い結速力で国を良くしたい、と活動されていました。が、ある時から、あれっ?と思うことが増えて。一人去り、二人去り、今では一対四の構図です。
まあ、政治的な思いの食い違い、方向性の違いもよくありますから、それは喧嘩ではないです。 しかしあえて喧嘩と言いました。要するに、小さな子供頃持っていた柔軟性が失われた大人たちは、異なる考えが一度ぶつかり始めますと、そう簡単に解決はせず、話し合うことさえ困難になるようです。子供より大人の方が手に負えなくなる、という意味です。
残念ではありますよね。ですが長年、何十年も<大人>をやっていますと、そうそう本当の意味での和解は、しにくくなります。理念やプライドが立ちはだかりますし。
私は過去を振り返りますと、さほど他人間で争いや、いざこざを経験したことはないように思います。(忘れただけかしら?)
それは、他人間でのトラブルは解決しない、ということがなぜか、漠然とわかっていたからだと思うのです。そうです・・・要は回避して生きてきたのです。
切ってもいい、切るつもりである関係であれば、もちろんすべてをさらけ出して、伝えたいことを伝えます。ですが関係性がとりあえず続くと思われる場合は、自分の立ち振る舞いを方向転換するようにしてなるべく回避いたします。
疲れはしますが、波風たつ渦中にいる方が、その何倍も疲弊しますから。
また関係ないですが、大谷選手が寄贈するというグローブについても、賛否を目にいたします。とても感じたのは、<良かれと思ってやった事>が、様々な側面から見ると、いろいろな意見が噴出する、という事です。<良かれと思ったのに>です。まさに大人の世界ですよね。何もしなければ、話題にはならず、ご本人も残念な気持ちを抱く必要もなかったでしょう。(そう思われているかはわからないですが)
<大人の世界>は、自己責任の上の自由も謳歌できますが、発言や行動などが引き金になり、不本意な<渦>に巻き込まれかねません。
最近また別の新党が結成され、SNS界隈ではとても人気のようです。仲良しこよしでは政治はできない、と思いますが、分断してしまう前に意思疎通をして、国の未来をぜひ考えていってほしいです。
いずれにしましても、志高い方々がどんどんご活躍してほしいな、と一国民として願います。