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花束を贈る
父が、本来の定年退職を迎えた後も会社から頼まれて続けていた仕事の任を、7月をもってようやくおりることができました。
このお花はそんな父に会社の方々が贈ってくださったお花です。
ぼくはお花に詳しくないのですが、何だかパイナップルのような形のお花もあったりと、少し(だいぶ?)変わった所のある父にぴったりな花束だと思います。
黄色と緑を基調とした落ち着いた色合いの中に、ちょっとしたユニークさを差し込んだ花束。
それは、「穏やかながら、希望ある心持ちで実りある余生を過ごせますように」と、そんな贈り主の気持ちを感じました。
そんな花束を見た母の一言は、
あぁ、なんだかやっぱり、ぼくには気になってしまって、、、
もはや記憶することすらできないくらい、あらゆる場面で浴びてきた無意識の言葉に、もはや悪気すらもない男女という性別の前提に、ぼくはずっと戸惑ってきたんだろうなって思う。
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なお、ぼくの戸惑いを、よく言い表していると感じる表現があります。
『心の平静について』の中で、セレヌスがセネカ(前4頃-後65、哲学者)にいう言葉です。
「最悪の気分というわけではありませんが、しかしとても不満で苛立たしい気分です。私は病気でも健康でもないのです。 ー中略ー 私は嵐に苦しめられているのではなくて、船酔いに苦しめられているのです。」
ぼくは、ものすごく不幸な家庭環境で育ったとか、悲惨な境遇だったとか、そんなんじゃ、全然ない。
むしろ、良く晴れた穏やかな海でちゃぷちゃぷと呑気に水遊びをしているような人間に映っていたと思う。
だから、内心、ひとりで吐き気に耐えていたなんて、誰も気づきもしなかったと思う。
でも、そんなのわがままだと思ったんだ・・・恵まれているのに何言ってるんだ?って、文句を言えるような身分じゃないと、必死に抑えてきたんだ。
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実際、母の一言はなんでもない言葉だと思う。
「・・・うん。男性への花束だからかな 」
でも、ぼくには、心の底から 『 何が ? 』 と不思議なセリフだった。
色合いのことなのか、花そのものの選び方なのか、花束のつくりのことなのか、、、
花や花束に関して何の知識もないぼくにとっては、チンプンカンプン・・・
母は学生時代、華道部だったらしいから、花について色々と何かあるのかもしれない・・・だけど、それにしたって、『また?そこなの?』って思っちゃった。
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実際、花屋さんに花束を依頼する時、軸となる大切な情報はなんなんだろう?
贈る相手が「男性であること」なの?
だとしたら、もしかして、ぼくへの花束を、誰かがつくってくれたとき、「女性向けに」って、依頼されていたのかな?・・・だから、ぼくには違和感のあるものばかりだったのかな?
それでも、花束は「気持ち」を受け取るものなんだって、その気持ちだけを有り難いと思って、受け取ってきたけどさ・・・
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実は、花束なんか、本当は、意味がわからなかった。
当然のように「ね!綺麗でしょ!!嬉しい気持ちになるよね!!!」と、異論を許さず、必ず有り難く受け取ることを強要されているような、そんな気がして、全然、好きじゃなかった。
花、摘んでしまったら、枯れてしまうのに、、、人間の都合で、何故、彼らはそんな目に遭わなければならないのだろう?、、、そう、とても不思議に思っていた小学生時代。
それでも、『花を贈る』という文化を、ほんの少しだけ、素直に受け取れるようになれたのは、中学のときの職業体験で、近所の花屋さんにお世話になったのがきっかけだったな・・・
と、そんな余計な、どうでもいいことまで逡巡してしまった。
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とはいえ、もしかしなくても、会社から母への花束があってもよかったのかもしれません。
専業しゅふ業に対して、社会的に正当な評価、報酬が払われていないと言われていますが、こうして長年父が仕事に専念することができたのは、ひとえに母が家の仕事をしっかりと引き受けてくれたからだと思います。
長年勤めてきた会社からの花束。
特に花が好きというわけでもない父へ花束が贈られたけど、私へは?
母のあのつぶやきは、そんな気持ちの表れでもあったのかな?と勝手に妄想してみたりもしました。
・・・そう思うぼくが母へ贈ればいいのかもしれませんが、今までずっと、母の日も誕生日もすっ飛ばしてきた、花に興味もないぼくは、全くそんなガラではなく、、、とりあえず、母に、日々珈琲を淹れるのが精々かな、なんて・・・
ああ、でも、とにかく
この花束は、ちょっと照れくさそうな父の気持ちも表しているようで、見ていると、ぼくもなんだか和やかな気持ちになります。
こんな、男の子なんだか、妖怪なんだか、よくわからないこのぼくを、「なんであれ、我が子は我が子」と家から追い出すことなく、相変わらず『娘』として扱う父に、「やっぱり、わかってくれてないな〜(◦ˉ ˘ ˉ◦)💦」とはちょっぴり思いつつ、長い間、苦労をかけてきた父と母に、ぼくなりにちゃんと酬いたい、そう気持ちをあらたにした日でした。