vol.9 雨の憂鬱を傘のシェアリングサービスによって解決したファーストペンギン〜アイカサ :丸川照司さんのはじめの一歩〜
ミチナル新規事業研究所、特派員の若林です。
組織に潜む「ファーストペンギン」が一人でも多く動き出して欲しい!という想いで知恵と勇気を与える記事を定期的にお届けしていきます。
第9号の記事では傘のシェアリングサービス『アイカサ』を立ち上げ、「雨の日に傘を持ち歩かない体験」を生み出している丸川照司さんのはじめの一歩を紹介します。
マレーシアで見た一つのニュースをきっかけに
丸川照司氏は認定NPO法人フローレンスの駒崎弘樹氏や、起業家の家入一真氏の影響を受け「社会変化を起こして、持続的に活動できるソーシャルビジネスに挑戦してみたい」と考えていた。しかし、どんな課題にアプローチするべきなのかを見つけることが出来ないまま、大学生活を送っていた。
そんな状況を変えたのはマレーシアに留学中に目にした一つのニュースだったという。それは「メルカリやDMM.comが、相次いで自転車のシェアサイクル事業の検討を開始した」というものだった。いち消費者としてそのニュースを見たときに彼は「自転車よりも傘のシェアリングサービスがあったら便利なのに」と感じたという。
多くの人は、傘がほしいのではなく「濡れない体験」を求めている。シェアリングは傘こそ必要だ、と。
ニュースを見たことをきっかけに傘のシェアリングサービスというテーマを見つけた彼は、火がついたように行動を開始した。
事業化する上でのハードルは「管理」の難しさだった
丸川氏は友人と、クラウドファウンディングのサイトで偶然見つけた傘のシェアリングをやろうとしていた人に声をかけた。
その後、事業の実現に向けて、リサーチをしていたところ見えてきたのは傘の「管理」の難しさだったという。
日本にも「シブカサ」といった、学生の有志グループが渋谷でビニール傘を回収し、デザインに手を加えて提携店に無料レンタル傘として貸し出すサービスなどは過去にあったが、それらは貸し出し状況を管理できなかったために、返却は借り手の善意に頼らざるを得なかった。そのため、返却率が低く、レンタルとしては事業が成立していなかった。
彼らはその返却率の低さを解決するために、スマホのQRコードと連結して借りられるようにして、「10分1円」での貸し出しをする実証実験を行った。結果、返却率は9割以上となった。
事業化したがユーザー数が伸びないという壁にぶつかる
アプリと連動することで、十分に貸し出し状況を管理できると考えた丸川氏は事業化に着手。
2018年12月に渋谷の飲食店や映画館など、50箇所で『アイカサ』をスタートした。アプリケーションや貸し出す傘の仕様にも改善を加え、シェアリングサービスを成立させるためのハードルをクリアした上で始動のはずだった。
しかしローンチから数ヶ月ほどは、目標に比べユーザー数が伸びなかったという。丸川氏はその原因を飲食店を中心に設置場所を開拓していたことにあるのではないかと考えた。そして移動の拠点となり、多くの人の目に留まる「駅」に注目をした。
雨が降ると、駅の構内や電車では傘の忘れ物が増え、多くは廃棄処分されてしまう。全国各地の駅では無料での傘の貸し出しサービスが行われてきた背景もあったため「駅には傘の貸し出しニーズはあるはずだ」という仮説を立てアプローチを行った。
しかし、駅のように公共性の高い空間では、安全を保つための細かい規定があり、傘立ての設置におけるハードルが高かったという。アプローチを重ねていくものの、前向きな返事がもらえないまま時が過ぎていった。
駅への設置が実現したことで多くのユーザーに届くように
丸川氏のアプローチが通らない状況を打開したのは、京急電鉄とサムライインキュベートが運営していたアクセラレータプログラムだった。誰もが直面する雨の課題にアプローチしている点がプログラムの掲げる「モビリティを軸とする豊かなライフスタイルの創出」に合致すると評価され2期生に採択されたのだ。
同プログラムに採択されたことをきっかけに、鉄道会社にアプローチができるようになった『アイカサ』は多くの駅に設置されるようになる。京急電鉄を皮切りに、小田急電鉄や東急電鉄、西武鉄道にも導入され、2019年6月には、東日本スタートアップとの資本業務提携を結び、JRの駅にも『アイカサスポット』が設置された。人の移動の起点となる駅に設置されたことで、目に触れる機会も増え、ユーザーが100倍に増加。約10万人に利用されるサービスとなった。
利用料は24時間で70円、ずっと借りっぱなしにしても420円。月額使い放題プランは280円となっている。ビニール傘を一本買うよりもはるかに安く設定してあるこの価格設定は、彼の実現したい世界への想い強さが表れている。収益はこの利用料に加えて、アプリや傘などに表示する広告費用で補っている。将来的には『アイカサ』の利用状況のデータをマーケティングデータとして活用するビジネスも構想しているようだ。
人の心と自然の両方を豊かにするビジネスモデル
丸川氏は「昔の人は、傘を買っていたんだね」という声が聞こえる未来にしたいと語る。
現在、日本ではビニール傘が年間8000万本消費されている。金額にすると400億円。400億円はスカイツリーを立てる建設費と同等の金額だ。
急な雨でビニール傘を購入するときにポジティブな感情を持つ人は少ない。
『アイカサ』が行っている傘のシェアリングサービスは、そのような雨につきまとう憂鬱な感情から人々を自由にし、未来の世代への資源を守っている。
メガネスーパーやローソンといった企業とも提携をしながら『アイカサ』は現在も改良を続け、私たちの生活を快適にしてくれている。
編集後記:当たり前の中に「本来あるべき姿」を探し出すことによって生まれた事業
雨の日に傘を持ち歩かない体験を私たちに提供してくれる傘のシェアリングサービス『アイカサ』を生み出した丸川氏のはじめの一歩を紹介しました。
今回の記事を書いていて感じたことは、当たり前の中に潜む「本来あるべき姿」を探すことで、見えない呪縛から人々を解放するサービスを生み出すことが出来るということです。
『アイカサ』の運営会社であるNature Innovation Groupの中で使われている、「Nature」とは「本来あるべき姿」という意味です。
「本来のあり方は、こうであるはず、こうなったらいいのに」という想いを尊重し、世の中を変えるイノベーションとなるビジネスを生み出すというビジョンがここには込められているそうです。
私たちは日常生活の中で、「当たり前」に潜む様々な「不」に直面しています。しかし、それを「当たり前だ、仕方がない」と捉えるか、「本来はこうあるべきなのにどうして、この状況は続いているのだろうか」と考えるのでは行動に大きく差が出るように思います。
常に「本来あるべき姿」を探し続けることは難しいけれど、情熱を持って取り戻したい「あるべき姿」に出会えたのならば、その実現に向け行動を続けることで、多くの人を幸せにする事業を生み出すことが出来る。そんなことを教えてくれる、丸川照司氏のはじめの一歩でした。