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しばらく眠っていた腕時計を知らない人に2000円で譲ったら、目の前でつけてくれた。

別にオメガやロレックスが欲しかったわけではなかった。ただ、ちょっと上品でシンプルな時計をさらりとつけて街を歩きたかった。

今から10年前。当時は飲食店で働いていたので、勤務中は時計をつけられなかった。通勤も自転車で10分なので、つける必要がなかった。

でも腕時計への憧れがなんとなく消えず、ある時計の製作所の本店を訪れた。当時3万円くらいの腕時計を買った。
少ない休みの日にはどこにいくにも(それこそ近所のコンビニにいく時も)つけて歩いた。

時が経ち、やっぱり時計っていらないかもと思ってからはもう何年もしなくなっていた。久しぶりに見たらいつのまにか秒針も止まってしまっている。
試しにジモティで出品してみた。値段はいくらでも良かったが、とりあえず2000円にした。
1年くらい音沙汰がなかったが、つい最近購入希望者からメッセージが来た。
メルカリと違い、ジモティでは直接取引をしているので、近くの公園まで来てもらい、2000円と引き換えに腕時計を渡した。
革は使用感があり、時計の針も止まっている。それでも使ってくれる人がいる。
いろいろ思い出がある分、取っておいても良いかと思っていたけれど、やっぱり誰かに使ってもらう方が時計だって喜ぶだろう。
長らく使っていなかったくせに、手放す時だけ感傷的になるのも変だけど、わざわざ本店まで行って、いろいろつけて試して、多くはない給料の中から頑張って買った時の気持ちや、デートの時につけていった時の気持ちなどを思い出す。さらっとつけるふりをして、「その時計いいね」と言われるのをずっと待っていた時を思い出す。

時計にまつわるエピソードを2-3思い出しただけで、とてもあたたかい気持ちに包まれた。あぁ、この気持ちになれただけで、この時計を買って、この時計と出会って良かったと思った。

腕時計を取りに来た人は私に会いに来たわけではない。時計をとりにきただけだ。今日限りの出会いだろう。
彼に時計を手渡すと、私の目の前ではめてくれた。
左手首を上にあげて何度かささっとひねる。そして一言「いいっすね」と言った。
ありがとう。よく言ってくれた。

私も言う。
「いいっすよね。似合ってますよ」
どうか、達者で。

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