「筆算の常識」に異を唱えた、ある教育学者
この考え方が提言されたのは、およそ40年ほど前。山梨大学の横地清氏によって、算数の世界における「コペルニクス的転回」ともいえる画期的な説が唱えられた。だけど、教科書の教えと真っ向から反対するこの解き方はほとんど広がらなかった。
小学校から「筆算は小さな数の位から計算する(わり算は例外)」方法でたくさんの問題を解き続けてきた私たちにとって、横地氏の考えは突拍子もないものに聞こえることだろう。
日頃、暗算で解く時には大きな数の位から解いている人も、おそらく筆算を書くときには反射的に小さな数の位から計算していると思う。かつては私もそうだった。
ところが、最近になって、この昔の学説に注目し、学校現場で試されているところがある。福岡県久留米市の数学研究会のメンバーの先生が小学校でこの解き方を授業で取り入れたところ、劇的な効果があったということだ。
その様子は「算数教育と世界歴史言語学」(著:柴田勝征)に臨場感を伴って克明に描かれている。
小学校3年生を受け持ったクラスのうち、2年生で習う計算がマスターされていない10人(クラス全体は37人)を特別に「大きな数の位から計算する」方法を使った指導をした場面がくわしく書かれているところがある。少し長くなるが引用しよう。
この現場からの報告から、現行の筆算の方法が子どもたちにとっていかにに難解な方法であるか、一方、「大きな数から計算する筆算」がいかにわかりやすいかを如実に物語っているといえるだろう。
実は横地氏が主張されていることは、日ごろから暗算で計算している人にとっては、意外なことではない。まったく自然なことだ。暗算の時にはふつうに頭から計算する(そろばんだって、そう)。暗算は頭から計算するのが鉄則。
頭の中で計算することを想像してみると、そのわけはすぐに理解できる。たとえば、123+262の計算。小さな数の位から計算して、一の位が5、十の位が8、百の位が3と出た時、その数を頭の中で再構成しなくてはいけない。百の位を出した時、一の位は忘れているかもしれず、もし仮に覚えていたとしても、計算が終わった後、100の位から順に一の位までの数字を思い出して、やっと385に辿り着く。考えただけで気が遠くなる。
一方、大きな位から計算すれば、「さんびゃく、はちじゅう、ご」と計算が終わったと同時に答も出る。
だから、本当は「大きな位から計算する」方が楽なのだ。だから、暗算だけでなく、筆算も大きな数から計算すべきである。このことを、教科書制作に携わっている方々に真剣に考えてもらいたいと思うのである。
制度改革も大切かも知れないが、それよりもこのような指導方法の小さな見直しこそ、子どもたちの学力の向上に大きく寄与するのではないだろうか。
PS
ただし、大きな数から計算する筆算は、繰り上がりのあるたし算で頭を抱える可能性が高いと思います。そこで、たし算の筆算を大きな位から出す方法を先日、動画で紹介してみましたが、まだご覧になってない方のために、再度載せることにしました。