【鑑賞記】マチュー・ガニオ スペシャルニューイヤーガラコンサート@大阪
2025年1月3日(金)14:00開演 大阪フェスティバルホール
やってまいりました。新年明けて三が日の大阪フェスティバルホール。
こちらのガラの開催が発表されたのが確か昨年10月も過ぎていた頃で、チケット先行・一般発売は11月。チケットを手にしたらもう年末という慌ただしさを越え、体感的にあっという間の公演当日です。
フェスティバルホールの、真紅を基調に見上げるとたくさんの小さなライトが星のように輝く華やかなロビーはたくさんの人であふれ、パンフレット売り場、グッズ売り場にそれぞれ長い列。ようやくパンフレットだけ購入して、席につきました。
客電が落ち開幕を待っていると、聞こえてきたのはチャイコフスキーのヴァイオリン・コンチェルト第2番第1楽章。オープニングは眠りのはずでは?と思ったら、そこにかぶさるマチューの声。日本でガラを開催できて嬉しいです、新年おめでとう、Bisous、という内容をフランス語と英語で語りかけてくれました。心を込めて準備してくれたことが伝わるオープニングに、ますます期待が高まります!
【第1部】
眠れる森の美女 第3幕より グラン・パ・ド・ドゥ
振付:マリウス・プティパ 音楽:P.I.チャイコフスキー
上野水香&ジャコポ・ティッシ
幕開きを飾ったのは煌めきを振り撒く長身のペア。まず立ち姿の美しさが眩い。ジャコポは指先まで神経の行き渡った踊りで女性ダンサーに負けず劣らずの優雅な美しい王子。水香さんはジャンプなどでやや勢いに任せるところが気になりましたが、アラベスクを長く保って会場を沸かせました。
ピュアなクラシックで端々まで美しいジャコポは眼福そのもの。初めて組むとあってパートナリングに気を遣う様子も見えつつ、丁寧に踊るバランスの取れた美しいペアに会場が温まりました。
ロミオとジュリエットより パ・ド・ドゥ
振付:ケネス・マクミラン 音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
シルヴィア・サン=マルタン&パブロ・レガサ
パリ・オペラ座ペアによるロミジュリ、てっきりヌレエフ版だと思い込んでいたら、舞台にバルコニーが登場。ヌレエフ版は日本では比較的マイナーだし、バルコニーのシーンでも若干地味、どのシーンをやるのだろう、と危惧していたところ、まさかのマクミラン版でした。
ロイヤル・バレエのダンサーによる、疾走感にあふれフィジカルとテクニックを駆使した、アスレティックでアクロバティックであることさえある演技に比べ、パリオペの若手2人の演技は若々しいエネルギーを感じさせるとともに丁寧かつリリカル。パブロの若々しさ、シルヴィアの繊細さを通じて表現されるマクミランのロミジュリ、新鮮な味わいです。
公演後にパブロに「どうしてマクミラン版を選んだの?」と聞いてみたところ、「よりロマンティックで動きが多いから」と微笑みながら答えてくれました。この公演のために特別に稽古したそう!舞台の後に改めて、意気込みに心打たれました。
ジュエルズより ダイヤモンド
振付:ジョージ・バランシン 音楽:P.I.チャイコフスキー
アマンディーヌ・アルビッソン&ジャコポ・ティッシ
アマンディーヌの産休復帰の舞台は、ここ日本で、ジャコポとのダイヤモンド。彼女のダイヤモンドは近年のガラでも見る機会がありましたが、温かみをそのままにさらに円熟味を増し、もちろん美脚も健在。足先、ポージング、動き一つ一つが彼女らしいおおらかで柔らかな気品にあふれ、またジャコポとのコミュニケーションで暖かい空気感を作り出していたのもアマンディーヌらしいダイヤモンドでした。
ジャコポは眠りの王子役からネオクラシックのダイヤモンドへと、さらにピュアに煌めきを増しています。ラクロワによるパリオペ版ダイヤモンドの衣装も眩い、新春にふさわしい舞台でした。
ランデヴー
振付:ローラン・プティ 音楽:ジョゼフ・コスマ
上野水香&マチュー・ガニオ
雰囲気がガラッと変わり、汚しの入った白いシャツと黒いパンツのシンプルな出立ちで下手手前からマチューが登場すると、会場から大きな拍手が湧きました。上手奥の対極にはボブのウィッグを着けた水香さん。肌に添う黒いトップス、モノトーングラデの膝丈スカートに黒ストッキング、ハイヒールというミステリアスでセクシーな姿。
プティのこの作品はダークな題材ですが、今回改めて見て、小品ながらにマチューの表現力が味わえる作品であることに気づきました。その表現力ゆえにクライマックスでの表情は観ていてつらいものがあるのですが、根っこにあるのはマイヤリングなどでの迫真の演技と同じもの。小品、大作問わず培った演技、表現力で作品の真髄を感じさせる、マチューの表現者としての凄みを感じる一幕でした。
白鳥の湖 第2幕より ヴァリエーションとアダージョ
音楽:P.I.チャイコフスキー、振付:マリウス・プティパ/レフ・イワーノフ
シルヴィア・サン=マルタン&パブロ・レガサ
プログラム等に記載がないのですが、王子のヴァリエーションを見る限りヌレエフ版と思われます。まずパブロが登場し、王子のヴァリエーションをたっぷりと見せてくれます。2024年2月のカンパニー来日公演では彼の出番はマノンだけでしたし、白鳥ではIMAXによる映画のようにロットバルト役の印象が強い彼ですが、王子役のロールデビューも2019年に果たしています。このガラではロミオ、ジークフリートと大役を踊る彼を続け様に観ることができる点も嬉しいポイント。ヌレエフ版の王子のヴァリエーションはスローなため、ポーズの美しさ、ランヴェルセの伸びやかさなどで印象がガラッと変わる面があります。このガラを契機に、マチューからパブロに継承されるものがあるかもしれません。
王子のメランコリックなソロが終わると、オデットの登場です。クラシックチュチュを身につけたシルヴィアは繊細で脚のラインも美しく、透明感と抒情性が舞台を満たします。普段カンパニーで上演する1作品の中では主役を踊る回数が比較的少ないプルミエとプルミエールなので、こうして日本で見どころを作るためには、12月のそれぞれ忙しい舞台の合間を縫うようにしてリハーサルを重ねてくれたことでしょう。全幕でシルヴィアがオディールの強さをどう表現するのかも気になりました。
ル・パルク
振付:アンジュラン・プレルジョカージュ 音楽:W.A.モーツァルト
アマンディーヌ・アルビッソン&マチュー・ガニオ
マチューが日本に持って来られて嬉しいというル・パルク、解放のパ・ド・ドゥ。ガラでは定番で、夏にバレエフェスで3組のキャストで観た記憶も新しい作品です。この作品の女性プリンシパルは成熟したダンサーが踊ると実に味わい深いのですが、女性美と円熟味を兼ね備えたアマンディーヌは適役。
このパ・ド・ドゥはリフトにテクニカルな側面があるものの、全体の振り付けに表面的な派手はない中で、内に秘めた感情の強さをいかに出し、解放するかが表現の肝。アマンディーヌとマチューはリフトの息もぴったりで、マチューの内心の想いに耐えるかのような表情、絶妙なスピードのシェネ、2人の互いだけを感じているかのような集中から醸される官能性など、抑制から解放されていく男女の姿が流麗に描き出され、味わい深く感動的でした。名高いフライング・キスも、世界にたった2人しかいないかのような夜の中で、解放され、昇華されていく想いの表象として、美しく心に響きました。
【第2部】
柚香光 新作ソロ「新しき夜明け〜大河を越えて〜」
演出:清水のり子/振付:大野幸人、川本アレクサンダー/音楽:Dua Lipa他
休憩経ていよいよ第2部。柚香さんの美声が響き、新年のご挨拶と、十二支に登場してもらいます、との作品のご紹介が。その言葉通り、十二支それぞれの動物を思わせる身振りを踊りの中でされた後、上空から吊り下げられて降りてきたキラキラのジャケットをとてつもないかっこよさでお召しになり、アップビートなダンスで客席の手拍子を煽ります。その後下手寄りにドレッシングルームを思わせるセットが登場。鏡の前でゆっくりと、透明なビジューが煌めく大ぶりの首飾りと黒の長手袋を着け、クロワッサンとコーヒーを手に。すると、マンチーニのムーンリヴァーに乗せ、あっという間にオードリー・ヘプバーン「ティファニーで朝食を」の世界になりました。その、小道具だけでかっこよさからコケティッシュで透明な美しさへと変貌する表現力、振り幅の広さに息を呑みました。柚香さんを拝見するのは今回が初めてですが、宝塚時代も退団後も新たなファン層を獲得しているという、類まれなカリスマの一端を垣間見た思いがしました。
瀕死の白鳥
振付:ミハイル・フォーキン 音楽:カミーユ・サン=サーンス
シルヴィア・サン=マルタン
ビッグスターが踊るショーダンスの熱量にさらされた後で、これぞバレエ、というピュアなクラシックの世界へとガラリと空気が変わります。
純白のクラシックチュチュを身につけ、客席に背を向けて湖面を流れるような(ポールドブラを見ると、はるか高みから滑空してくるような、でしょうか)パドブレで現れるのは一羽の白鳥。息絶えるまで生きる、断末魔にあっても白鳥としてその生来の優雅さは失われない、というシンプルで強いメッセージは、当たり前のようでなかなか難しい、自分を生き切ることを象徴しているように思われます。
シルヴィアの白鳥は、衒いのない素直さを感じさせ、透明感あふれるものでした。予定されたライモンダから変更された演目ですが、清々しい演技が第2部の中で良いアクセントに。
ルネサンスより 抜粋ソロ
振付:セバスチャン・ベルトー 音楽:フェリクス・メンデルスゾーン、
パブロ・レガサ
ルネサンスは日本での上演機会がほとんどない作品。いつぞやアニエス・ルテステュの山梨での公演で、先日エトワールになったロクサーヌ・ストヤノフがまだスジェだった頃に女性のパートを踊り、私にとって長らくまた観たい作品の一つでした。
今回は男性パートの抜粋ですが、パブロの躍動感と弾けるようなエネルギーに満ちた踊りはロミオの若々しさともジークフリートのメランコリーとも違い、型にはまらない、等身大の彼を感じさせるものでした。
このガラはパブロ、そしてシルヴィアの多面的な魅力を目の当たりにできる、本当に貴重な機会と感じます。第2部も、柚香さん、そしてマチューというビッグネームの中で、若手がアクセントとなり存在感を見せていることが心に残りました。
柚香光×マチュー・ガニオ 新作デュエット「A day in the sun」
演出・振付:ジョルジオ・マンチーニ 音楽:レディ・ガガ&ブルーノ・マーズ他
柚香光&マチュー・ガニオ
トリを飾る演目は、座長マチューと柚香さんの異色の組み合わせによる新作デュエット。前半はララランドのテーマに乗せて、オフホワイトの袖なしジレを素肌に着、シフォンを被せたドレッシーな同色パンツを合わせたマチューと、粋にタキシード(もしくは燕尾服。この違いはタイの色で見分けるべきようですが、ブラックタイ=タキシードだったような記憶が。違っていたらご教示くださると嬉しいです)を着こなした柚香さんがダンスバトル的に踊ります。マチューは柚香さんを煽ったりして、2人とも笑顔いっぱいでとっても楽しそう。でも柚香さんが先に袖に入ってしまって、マチューが残念そうな表情を浮かべたのもまたお茶目でした。
後半はマチューが上を脱ぎ、柚香さんはガラッと衣装チェンジ。オフホワイトのブラトップに同色の羽織ものとワイドパンツを合わせ、腰の細さが際立つフェミニンな装いです。軽いリフトなども交えながら仲睦まじく踊るうちに、上空から赤いハートの紙吹雪がひらひらと舞い始め、どうやら思いが通じ合ったらしい2人はキスを交わします。ということはこの作品はラブストーリーなのですね。
作品終盤で舞台に寝転ぶ振り付けがあったため、カーテンコールでは特に上半身裸のマチューの胸や背中に赤いハートが貼り付いて可愛さの視覚効果が増し増しになっていたのも印象的でした。
ララランドのテーマに乗せたカーテンコールでは、出演者それぞれがカゴを持ち、中に入った金平糖やグミなどの小さな包みを客席に撒いて盛り上げる一幕も。
約2.5h(間に休憩1回20分含む)の公演でしたが、終わってみるとあっという間。終演後にはロビーで鏡開きのイベントがあり、マチューと水香さんが登場するサプライズもありました。そんな特別なイベントも含め、大阪での初日は新春らしい、とても楽しい舞台でした。
残すは6日の名古屋、7日の東京の2回のみ。ご覧になる方は、ぜひ楽しまれますように。