僕の心を奪い去った『空洞です』
塩田剛三先生という武道家がいる。身長154センチ、体重46キロと小柄ではあるが、かつて武道の世界で「生ける伝説」と呼ばれたほど強かったとされている人だ。格闘漫画、『バキ』シリーズに登場するキャラクター、渋川剛気のモデルとなった人でもある。
剛三先生の用いる武術は、合気道。相手と「気」を「合わせる」武術だ。合気は主に当て身、投げといった技で構成されており、相手の力を利用することで攻撃する。相手の力が強ければ強い分、それがそのまま相手に返ってくるのだ。故に小さい人でも巨漢に勝てる武術といえる。
御託はいいや。実際にこの人の動画を見てもらうとヤバさが分かると思う。
水槽を泳ぐ金魚に合わせて左右に動く訓練を続けた結果養った圧倒的反射神経、そして人体構造の全てを理解しているからこそ成される神業だ。ケネディ来日の際には、同伴していたボディーガードを手合で倒したこともあることから、全くヤラセではない。文字通り伝説級の強さを持つ人なのである。
そんな剛三先生、弟子に合気道最強の技とは何か、と聞かれた時、次のように答えている。
「それは自分を殺しに来た相手と友達になることさ」
合気道のベースは護身術。相手を倒すのでなく、自分を守る武道だ。自分の体を守るのに最も大切なのは、そもそも戦わないこと。真に武道の意義を捉えた、心に刺さる言葉である。
と少し前書きが長くなってしまったが、ここから本題に移りたい。もしも音楽のジャンルの一つである「ロックンロール」が、この悟り、合気道的達人の域に達した場合、取る形はこれなんじゃないだろうか。
日本の伝説的ロックバンド、ゆらゆら帝国の最後のアルバム、『空洞です』。
最初に聴いたときはまだ精神的に未熟だったからだろうか、「ほー、なかなかユニークなアルバムやなぁ。」といったくらいの印象だったが、今年に入って改めて聴きなおすと、全く違った聴こえ方をしていた。ガッツリ刺さってしまったため今では月1くらいの頻度で聴いている。もっと年食うとこれ聴かずには寝られなくなるんじゃないかな。
ちなみにこのゆらゆら帝国、はこのアルバムの制作を最後に解散している。その理由が、「完全に出来上がってしまったから」
そうなのだ。出来上がってしまった・・・これがロックの最終的境地、と言われてしっかり納得できる作品なのだ。まさにロックンロールの『∀ガンダム』のような存在と言っていいかもしれない。
言葉を選ばずいえば、あらゆる無駄が削ぎ落とされている。初期のアルバムではよくあった心臓まで届くハイパー轟音サウンドはほとんど見られない。むしろ真逆。1曲1曲が非常に優しく、シンプルなリズムがひたすら繰り返されてゆく。そして僕らはどこかへ飛んでゆける。そう、ロックは僕らを連れて行ってくれさえすりゃそれでいいんだ。こんな言葉もあったね。
ロックンロールは、別に俺たちを苦悩から解放してもくれないし、逃避させてもくれない。ただ、悩んだまま踊らせるのだ
by ピート・タウンゼント(ザ・フー)
アルバムは一つの物語であると俺は思っているが、このアルバム、当然曲の流れも素晴らしい。特に『美しい(Album ver)』から『学校へ行ってきます』にそのまま入る部分は何度聴いてもシビれる。オリジナル版『美しい』とは全く違ったメロディのアルバムバージョン。メロディ違えば詞が一緒でもこんなに印象が変わるのかということをまざまざと見せつけられる。そこから坂本慎太郎の不思議なワールド全開、そして徐々にサウンドも狂ってゆく『学校へ行ってきます』。脳みそをそのまま持っていかれそうになる。草吸ってる感覚。
と分かったように述べてきたが、まだまだ僕はこのアルバムを味わい切れていない自信がある。これが完全に理解できた時、おそらくそいつは神の隣に座れる。噛めば噛むほど味の出る、というより噛んでも噛んでも、「あれ?俺噛んだっけ?」と、むしろ噛んでいることを忘れてしまうような、というよりも噛むという行為そのものが不可能なような捉えどころのない、しかしこちらをしっかり包んでくれる、非常に不思議なアルバ厶。それが『空洞です』である。
まあ何が言いたいかというと、俺の語彙で説明するには百年経っても足りんのだ。百聞は一見に如かず。ロックが好きな人、そうでない人問わずぜひ一度聴いていただきたい。美しい日本語とは何か、ビートの気持ち良さとか何か、その他様々な思考、感情が溢れ出ることだろう。
と書いてみたものの、なぁんかまとまってねぇな・・・もっと文章力鍛えるべし。