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社会適合者がフリーランスになる落とし穴

ひとたび会社という枠を出たら、私は全く「社会適合者」ではなくなってしまった。

こんにちは。ミチテルです。

気付けば9月も折り返し。

時がたつのは早いね、なんてありきたりな雑談がしたいわけではないけれど、本当に早い。
恐ろしいほど早い。

そんな私も、あっという間にフリーランスになってから1年が経ちました。


そして、1年前には想像もしていなかった仕事をしています。

未来は分からない。

もう年表書かないとわけわかんなくなるくらい、目まぐるしく変化した1年でした。

そして当たり前に「フリーランスの大変さ」を実感しています。

社会適合者という思い込み



今一番、しみじみと感じているのは、「私の中の欲求が大暴れしている」ことです。

私は、「人や社会や会社のルールに合わせる」ということに対して、いとも簡単に順応できるタイプでした。

場の空気を読み、人の顔色をうかがい、空間に合わせた反応も自然にできてしまいます。

反射的にできてしまいます。

これは「個の時代」と言われる今では、強みとは言い難いスキルなのかもしれないけれど、それでも「そういう人間」なんです。

いざとなればまた会社勤めしたらいい、私は勤められる人間だ、と、ちょうど1年前は思っていました。

でも、とてつもない思い込みでした。


会社という枠が外れ、時間の裁量権を得た時に、私の中の欲求が溢れます


それは「やりたいことをやり、一緒にいたい人と過ごす」という、一見ありふれた欲求。

その欲求が、大きく大きく私を覆うのです。

どこまでいっても自分は分からない


「自己理解が大切だ」とはよく言ったもので、私も折をみて自己分析を重ねています。

それはあらゆるタイプ診断もそうですし、「今の自分」を理解するために、定期的にライフキャリアを見直すセルフコーチングを行っています。

「自分にはこういう傾向がある」というのはある程度分かっているし、
それも参考に今の働きかたのなかで活動しているので、

あまりにも心がしんどくなってしまう、ということはありません。

でも、びっくりするのは、「いつでも勤められる」と思っていた気持ちは、今は全くないんです。

それは、私のなかで「なにを重要視して時間をつかっていきたいか」という価値基準が変わってきているからだとも思います。
少しずつ。気づかないうちに。


「できる」よりも「したい」を優先するのが、もはや「当たり前」になっている。
欲求を優先させたい気持ちが大きくなっているんです。



環境が変える価値観


普段会う人、連絡を取り合う人、新しく出会う人。
その数も、圧倒的に1年前と変わった今。

その環境に居ることが「当たり前」になっていることを考えると、価値観が変化するのは至極当然、とても自然なことだったのかもしれません。


だからこそ驚いたんです。

「こういう時間を過ごしたくない」という強い強いわがままが、しっかりと心に眠っていたことに。


そしてワガママだと感じていた感情は、満たせば満たすほどにちゃんと喜びを感じている。

環境が教えてくれるのは、内側の本当の声なのかもしれない。


今の私がなにに時間を割きたいのか


「やりたくないことを避ける」という感覚が強くなったというのは、今まで気づかなかった自分の本当の価値観や欲求に気づいた瞬間なのかも。

やりたいことは無限に思い浮かぶのに、やりたくないことに気づかないふりをしていたのがここ数ヶ月。

やりたくない、と思いたくなかったのかもしれない。

なんだか薄情な気がして。
なんだか逃げている気がして。
なんだかウソをついているような気がして。


会社という枠がなくなったら、自分で決める環境にも言い訳ができず、そこにはしっかりと自分の意思と理由が存在します。

誰にも言い訳できない、責任が。


その責任を伴う決断が、とても自分を身軽にしてくれる。
自分で決めるということは、自分を身軽にしてくれるんです。



会社員という枠も経験しているからこそ


ベースは大きく変わらない私です。
きっとちがう場所に行ったとしても、「順応してしまう」んでしょう。

それでも、変化してしまったらもう、変化「前」には戻れない。

超保守的会社員だったころには戻れない。
だって、自分の意思を貫き、仲間と挑戦し続け、時間を味わいきる楽しさと大変さを知ってしまったから。

前にはもう、戻れないんです。


なにを優先するかは人によって違うから


当然ですが、仕事においても私生活においても、「なにを」大切にしたいかは人それぞれ違います。

こんなことを言っている私も、1年後はきっとちがうことを言っているでしょう。
今日人生を狂わせるような出会いがあれば、明日にでも変わっているかもしれない。

だから、今なんです。

今、どこで誰とどんな言葉を交わし、何をして時間を過ごしたいか。


結局は、ここに真摯に向き合う必要があるんだなって感じています。


そして、当然ですが一人で為せたことは何一つありません。
周りの人がいてくれてこそ。関わってくださる方への感謝を忘れずに。


フリーランスを目指す社会適合者の方へ


ちがう自分が目を覚ます覚悟があるか。

…いうてそんな覚悟持たなくていいと思っていますが(爆)
持ったところで無駄に終わるので。

自分の可能性はまだまだ未知だと思うの。

自分はこういう人間だ。
これで満足しているんだ。

って決めつけたり言い聞かせたりしているのであれば、とてももったいない。


知らない自分がいることに気づかされる」日々が待ってるよ。
これからもたくさん出会えるであろう「知らない私」
それを「楽しみだな」って思えるかどうか。

(拝啓 1年前の私へ)
うぬぼれないで。
本当に社会適合者なのかどうかは、まだ分からないよ。
環境が変われば、ちがう自分が顔を出すこともあるかも。


そして、揺れ動く気持ちを感じた時に、誰かに頼れるかどうか。


私は頼るのがとっても下手だったけれど、そして今でも下手な方だと思うけれど、

それでも少しずつ少しずつ、「信頼をおける人」には話ができるようになりました。


環境は、人。

これも、SNSで長らくお付き合いさせてもらっている方からいただいた、大切にしている言葉です。


誰と一緒に時間をともにしたいか。
誰の言葉を聴きたいか。

なにより戻ることのない「時間」を、どこで誰と何をすることに注力したいのか。それは何のために行いたいのか。


昨日の私にはもう戻れないからこそ、
変化していく自分を楽しんでいきましょう~




最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

自分のその時々の最適解に、正面から向き合っていけばいいと思う。
それだけだと思う。
そして最適解が変わることだって、すごく自然だと思う。

変化を楽しもう。せっかく生きてるんだもん。


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