魔王を倒しに居酒屋へ『バイトを雇おう!』その1
魔王が魔王城に鎮座してフハハ勇者よよく来たなと言っていると思うのであればそれは時代遅れの考え方だ。
魔王城はとっくの昔に観光地化していて、とうの魔王は鄙びた一軒家に居を構えている。それを知る人間は、一人を除いていない。
対魔王軍として編成されている勇者パーティーは今までに100を越えていて、私もその42部隊目の僧侶だった。
胡乱な理由で生産されていく勇者パーティーには、魔王を真面目に倒す気などない。幹部を倒した。未踏領域に到達した。そういった功績が目当てであり、全滅するよりも中途での解散を選んでいく。
もちろん運の悪い連中は志半ばで壊滅、なんてこともあるかもしれない。知る由もない。
私の所属していたパーティーも、ロクな冒険もせず、それらしい魔獣を倒しただのと証拠を捏造し、それぞれの故郷へと帰っていった。
帰る場所のなかった私はというと、魔王の側近として、居酒屋で働いている。
――スカウトの決め手はやはり、解毒魔法が使えることですよね(笑)
試作型人工聖女である私は人間社会へと戻ることはできなかった。
仲間と別れたのち、特攻を選んだ私は、たまたま通りかかった魔王にコテンパンにのされ、屈辱的な恰好での給仕をさせられている。
「くっ、殺せっていう人、本当に居たんだって感動した」
一度起動させられた人工聖女は、定期的に負の魔力を摂取しなければ停止してしまう。それは魔獣の血液であったり(人間社会では当然貴重な素材。無理。)低位の魔族からの魔法を受けることなどで賄うしかないのだけど、故郷に戻ろうとすれば、辿り着くまでに間違いなく、死ぬ。
死んだほうがマシだったと思いながら、せっかくだからもう少し生きてみない? という誘いに乗ってしまった以上、もう少し生きねば。
いや、やっぱり死のうと思う。
「魔王」
「ここでは店長と呼べとあれほど言ってるのに君ときたら一つも言うこと聞きやしない。どういう教育を受けたらそうなるのか教えてもらいたいよ。大体……」
「そろそろ死のうと思うから退職したいんだけど」
「えっ、それは困るよ。退職されたらここ、回らなくなるじゃん」
私と魔王しかいないからね。
「それにどうしてそんな死にたいとか言っちゃうワケ。お兄さんに話してごらんよー」
「客が来ないのに、こういう恰好での給仕を強要してくるから」
「え、だから良いんでしょ、え? 嫌なの? ねぇ、嫌なの」
死にたい気持ちが急加速していく。なんでコイツが魔王なんだろう。しかも料理下手なのに居酒屋やってるし。だから部下居ないんだよね。
魔王の用意する衣装はフリフリのスカート膝上20センチが基本で、デザインが違うものを基本七種ローテーション。仕事用以外にも外出用冠婚葬祭用など大量に用意されている。
しかも、客は来ない。自然、一日の大半を魔王と二人きりで過ごすことになっている。魔王が居酒屋を構えているのは、人類の生存領域と魔領(と、人間側は一般的に呼称している。)の緩衝地帯にあたる部分で、多種多様な種族が入り混じって暮らしている。一口に人類と言っても違いがあるように、魔領に住むものでもそれぞれ違いがある、らしい。しかし私がそのすべてを知るわけもないし、あー鱗があるな、とかそういう程度だ。元勇者パーティーといえど、そんなものだ。
そういう場所であるから、お客になる者はたくさん居るはずなのに、滅多に人が来ない。人以外も来ない。誰も来ない。
勇者くんたち、ここに魔王が居ますよ。
机に伸びてるのが魔王だから、今のうちに首を刎ねるのがオススメだ。
「ねぇドゥーしたらー、お客さんがぁー来ると思うー?」
「知りません」
「エェー、側近なんだから考えてよー、ねぇー考えてよー」
「昔の部下に頼るとかしたらどうなんですか」
「彼らはうーん。忙しいから」
濁される。いつものこと。知る権利はない、今は、まだ。
ふぅと息を吐いた。ほんの少し高まった緊迫した空気から逃れるためだ。生きなくていいと思うことが大半なのに、死にたくないと辻斬りし、その相手がたまたま魔王で、拾われて部下になることを選んだ。自棄になっての特攻も、生き長らえようと襲うのも大差はない。その瞬間に何を考えていたかも、今はハッキリとは思い出せないし、気分によって答えも変わる。
けれど、生きている以上、生理現象には逆らえない。
「魔王」
「あ、いつもの?」
嬉しそうにはしゃいで、こちらへと文字通り飛んでくる。
人工聖女には何が必要かは既に語った通り。
魔獣の血液であったり(人間社会では当然貴重な素材。無理。)低位の魔族からの魔法を受ける。
そして最も効率が良い方法は、高位魔族の体液を摂取することだ。
目を瞑る。唇を突き出す。
体質を暴露したときから結ばれた契約。命を長らえさせるためには必要な作業。
「ほぎゃああああああああああああ!」
叫び声。状況整理。
私でも魔王でもない。ならば、第三者の来客=目撃。
来客者からすれば、戸をくぐった瞬間目に入ったのは、怪しげな男が、フリフリの衣装の女を組み敷こうとしているその真っ最中だ。食事をしようとして見るにはいささか刺激が強すぎる。
瞬間、突き飛ばすことを決意。構わず唇を重ねようとしてきた痩身の男は吹き飛ばされ、もんどりうってカウンターへと突っ込んでいき、派手な音を響かせて昏倒した。
唇はまだ触れていなかったけれど、軽く拭ってあくまで平静に務めた。
「いらっしゃいませお客様。何名様でしょうか。」
接客の開始だ。
続く