便利な世界の代償とは
🌀 #なんちゃって哲学 第5回 🌀
スポーツジム 車で行って チャリをこぐ
サラリーマン川柳見てて思ったんだけど
これ、一見おもしろいよね~思わず「ぷっ」ってなった。
それと同時に“問い”が浮かんだ。
Q「便利さって、本当に必要?」
◆ 便利さに蝕まれる私たち
現代の便利は、私たちの暮らしを確かに豊かにした。
でも、一度味わってしまうと、もう手放せない。
車は、遠くへの移動をラクにしてくれる。
スマホは、情報を一瞬で届けてくれる。
けれどその一方で、
便利さが体や心を蝕んでいる気がするんだよね。
車があるから歩かない → 体力が落ちる
スマホがあるから覚えない → 記憶力が衰える
そして…
便利な環境に慣れすぎて、
まるで“ガラスの箱”に閉じ込められたように弱くなる。
結果、病気にかかりやすくなり、医療費が嵩む。
◆「菌」にも勝てなくなる未来?
昔なら、自然の中で戦っていたはずの細菌やウイルス。
でも、あまりに清潔な環境に慣れすぎて、
ちょっとした菌でさえ致命的になることがある。
生活は清潔だけど、体は“無防備”になっている。
本来なら乗り越えていたはずのものに、負けることもある。
「守られすぎた体」は、
いつか「戦えない体」になってしまうかもしれない。
◆ホモ・サピエンスから“ロボット・サピエンス”へ?
人間の進化を考えるとき、思うの。
私たちホモ・サピエンスは、本来「動物」。
しかし、便利さを追求しすぎて、
気づけばロボットに近づいている気がしない?
食事は自動で配達され、身体を動かさなくても生きていける。
情報はすべてスマホやAIに任せ、何も覚えなくて済む。
いつしか、私たちの身体も思考も、
「人間らしさ」を失ってしまうのかもしれない。
◆便利の意味を問い直そう
便利さは、生活を豊かにするもののはずだった。
でも、それが「人間本来の機能」を奪い取るなら…
果たしてそれは、本当に「豊かさ」と言えるのだろうか?
それとも、私たちはこの道を進み続け、
「ロボットのような存在」になる未来を選ぶのだろうか?
◆ あなたはどう思う?
便利さを手放すことはできる?
それとも、進化の流れに身を任せる?
考えてみてほしい。
私たちは「便利」という選択をしたことで、
何を得て、何を失ったんだろうか?
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