【ショートショート】バーゲンセールの葉書
ずいぶん前に一度だけ利用した古着屋から、バーゲンのお知らせのハガキが届いた。『バンビーノ スプリングセール』ーーショップ名を見ても最初はピンと来なかったぐらいだから、その時何を買ったかなんて忘れていた。よくよく考えているうちに、お店の場所と、ジルスチュアートのトレンチコートを買ったのを思い出した。
「全品30%オフ。必ずこのハガキをご持参ください」かあ、散歩がてら覗いてみるか。で、バーゲンはいつから?裏を見て表を見て、また裏を見たが、どこにもバーゲンの日付けがない。何これ?入れるの忘れちゃったの?おっちょこちょいな人がいるもんだね。とりあえずハガキをバッグのポケットにしまった。駅前だから明日通ったときにでも覗いてみようと思った。
翌日、私は駅前にいた。あれ、この辺だったと思ったけど… 駅前の雑踏をうろちょろすること20分、なかなかショップを見つけられない。ハガキの住所と電柱の番地を照らし合わせて、この辺りかな、と当てをつけるのだが「バンビーノ」は出てこない。
何か欲しいものがあったわけじゃないし、もういいかあ…と探すのを諦めかけたとき、小さな路地の奥に、古着屋の立て看板が見えた。あれ、こんな所だったっけ?
ドアを開けると「いらっしゃいませ」と中年の女性が迎えた。
「あのう、バーゲンのお知らせをもらったんですが、いつからですか」と私は聞いた。
「ああ、それね。バンビーノって書いてあるのでしょ?うちとは関係ないんですよ。うちはバンビーナ。バンビーノは1年前までおもて通りのケーキ屋の隣にあったらしいけど、潰れちゃったんですってね。ていうか、店主が自殺したって噂よ。うちはここで3か月前から商売を始めたところなのよ」
「えっ、潰れちゃったんですか。じゃあなんでハガキが来たんでしょう?」
「さあ……あなたみたいにハガキ持って訪ねてくる人が多くて、うちも困ってるのよ」
帰り道、もう一度不思議なハガキを見ながらおもて通りを歩いていた。ケーキ屋の隣は確かに空き店舗で「テナント募集」という張り紙があった。そうよ、確かにここだったわねと思った時、真っ暗な店舗の中で人影が動いた。気づくとひとりの男が戸口に立ってこう言った。
「ハガキはお持ち頂けましたでしょうか?
バンビーノのバーゲンはハガキがお手元に届いた日から、〈永遠〉でございます。お待ちしておりました。ジルスチュアートも何点か入っていますよ。さあどうぞお入り下さいませ」
私は走って逃げた。