【ショートショート】新婚延長コード
転勤の辞令が出た。新婚だし、当然妻はついてきてくれると思った。が、あっさり断られた。
「いやよ、仕事辞めたくないし。単身赴任してくれない?」
「寂しくないの?」
「大丈夫よ。〈延長コード〉もあるし、最近はみんなそうしてるわ」
妻は確かに「〈延長コード〉もあるし」と言った。まるで「ビデオ通話もあるし」とでも言うみたいに、ごく自然に。
「え?〈延長コード〉?」
「あなた、いろいろと忙しいでしょうから、私がやっておくわ」
よくわからなかったが、通信関係の新しいアプリか何かだろうと思って「おう、じゃあ、頼む」と適当な相槌を打った。
転勤先の1DKのマンションは単身者用で、狭くはあったが、清潔な感じが気に入った。引越し荷物も片付き、コンビニ弁当とビールで一息ついているところに、ピピッピピッという電子音に続いて、「〈延長コード〉を接続して下さい」という音声が聞こえた。
「は?〈延長コード〉?」部屋を見回すと、まるで壁から生えるように出ている電気コードがあった。これのことかな、と思ってコンセントに差し込んだ。その途端、なんと妻が現れた。
「やっぱり、あなた、コンビニのお弁当なんか食べて。ちゃんと自炊するって言ってたのに、ダメね」
「おい、おまえ、いつ来たの?」
「いつって、今よ。あなたがすぐに〈延長コード〉を差し込まないから、引越しの片付けが手伝えなかったじゃない。それはそうと冷蔵庫に食べ物は入ってるの?」
「ああ。肉、野菜、卵、納豆とビールだけとりあえず買ってきて入れた」
「そう。じゃあ、野菜炒め作ってあげる」
そう言って妻は台所に立った。出来上がると一緒にビールを飲みながら食べた。しばらく二人でテレビを見た後、
「じゃあ、私、明日も早いからそろそろ帰るね。また明日」と言って、私が差し込んだ〈延長コード〉を抜いた。妻は消えた。
なるほど、これが〈延長コード〉かあ。凄いなあ、と僕は感心した。妻によると、妻のいる家が本拠地で、こちらは延長先。だから、妻の方から僕の所へやってくることはできるが、その逆は不可だそうだ。ちょっと不公平な気もしたが、まあそういうもんなら仕方ない。
そう言えば、〈延長コード〉は最近ではみんな利用しているようなことを、妻が言っていたな。なんで僕だけ知らなかったんだろう。そんなにデジタルに疎いわけじゃないんだけどな。
それからしばらくは、夕方妻がきて夕飯を一緒に食べる、という生活が続いた。でも食べ終わると必ずコンセントを抜いて帰っていく。一度「泊まっていかない?」と聞いたら、顔を赤くして「〈延長コード〉に負荷がかかり過ぎて危険でしょう」と言われた。僕にはまだ〈延長コード〉について、よく理解できていないことがあるようだ。
そのうち、妻の来る頻度が2日おきになり、3日おきになり、今では週1くらいにまで減った。〈延長コード〉があってもこれだ。なかったら?いやいや考えないことにしよう。今度の週末は、突然帰ってびっくりさせてやろう。もちろん、アナログ移動で。