【ショートショート】承認欲求
「ドクター、ぜひ我が社が開発したこの薬を使ってみて下さい。なあに、他の薬に混ぜて処方すればいいんですよ。これを飲めば、患者はたちどころにドクターを信頼するようになり、あちこちから患者が集まります。そうすればこのクリニックは未来永劫、大繁盛です」
そう言って薬屋はサンプルを置いていった。試してみようじゃないか、とドクターは思った。今日はあのばあさんが来るから、飲ませてみよう。いつも疑り深いあのばあさんに。
◇
「おばあさん、今日もいつものお薬出しておきましょうね」
「どうせ効かない薬だろ、まったくこのヤブ医者が。金ばっかり取りやがって」
「ではまた一週間後に」
(一週間後)
「ドクター、あの薬はよく効くね。このところすっかり元気だよ。あんたは頼りになる医者だよ。隣町の友だちに紹介しといたよ。長年患ってるから、ぜひドクターに診てもらいなさいな、ってね」
「ありがとうございます、おばあさん。それではまた来週」
(一週間後)
「ドクター、あなたは神さまです。私のような者を救って下さり感謝です」
「信じるものは救われるのですよ、おばあさん」
◇
しばらくして薬屋がやって来た。「ドクター、薬の効き目はどうです?いいでしょう?患者も増えてきたじゃありませんか」
「おかげさまで、町中、いや国中から口コミで『信頼のドクター』として慕われているよ。一番疑り深かったばあさんまで、私を神さまだと言っておる。気分のいいもんだなあ」
「しかしドクター、過剰投与にはご注意下さいね」
「わかっとる」
しかしドクターの、人々に認められ賞賛されたいという欲求は日を追って増大し、患者に薬を出し続けた。しばしば規定量を超えていた。
ある日開院時刻に、ドアの外の騒ぎに気づいたナースが飛んできて言った。
「ドクター、大変です!患者さんたちが…」
制止するのも聞かず、大勢の患者が診察室に押し寄せた。
「抱っこー」
「お腹が空いたよー」
「眠いよー」
「おしっこ!」
患者たちはドクターへの信頼の度合いが極限に達した末に、ドクターなしには何もできなくなった。赤ん坊が親の後を追うように、全てをドクターに委ね、依存してきた。
薬屋を呼べ!の声も虚しく、ドクターは患者の波に押しつぶされていた。