【ショートストーリー】四つ目猫のミア
うちの猫のミアには目が四つある、ように見えた。左右の目の上の毛模様が目を描いたみたいなのだ。子どもたちも3つ、4つくらいの頃までは、ちょっと怖がっていた。小さな嘘をついたりした時「ミアが四つの目でちゃんと見てたってよ」と言えば、それまで「やってないもん」を連呼していた子が、急にうなだれて「ごめんなさい」と言った。ミアを勝手に神さまか、えんま様か何かみたいに仕立て上げ、しつけに利用させてもらっていたというわけだ。効力絶大だった。
四つ目猫と言うと、何やら不気味に響く。西洋では、漁師と魔女に関する伝説に登場するようだが、ミアはいたって平和を愛するおっとりした猫だった。それにミアの四つ目は愛嬌があって、見る人の頬を緩ませる。よく見ると何だかクスッと笑ってしまうのだった。ミアはほとんどの時間を家の中か、庭で過ごした。だからよその猫や他の動物が彼女のニセ四つ目を見たとき、人間の私たちが一瞬ギョッとするように、びっくりするのかどうかは不明であった。ひょっとしたらそんなことに騙されそうになるのは愚かな人間だけで、人間以外の動物には最初から本物だけが見えているのかもしれない。
ミアがうちにやって来た経緯にはちょっと悲しい出来事があった。数年前、近所で、ある猫がバスに轢かれて死んでしまうという事故があった。私はたまたま、そこに居合せたのだ。近くに住むおばあさんの猫だった。通りにふらっと飛び出した子猫をお母さん猫が追いかけて行った。バスの急ブレーキは間に合わず、お母さん猫が轢かれてしまった。その時、飛び出して行った子猫がミアで、死んでしまったのがミアのお母さんのモリーだった。ミアと同様、モリーも本当の目の上に斑点模様のある四つ目猫だった。しかしその目は閉じられ、二度と四つ目になることはなかった。私は悲しみに暮れるおばあさんに付き添い、おばあさんの庭の隅に穴を掘ってモリーを埋めた。
おばあさんからミアを譲り受けたのは、それからしばらく経ってからだった。ミア以外の子猫たちもあちこちにもらわれて行った。お母さん猫のモリーにそっくりで、おばあさんが一番かわいがっていたミアを私にくれたのだ。以来、ミアは私たち家族の一員となった。
末娘が6歳の時、原因不明の高熱を出した。40度の熱が何日も下がらず、肺炎を起こし、お医者様も匙を投げかけていた。娘は日に日に衰弱し、私たちは祈ること以外になすすべがなかった。後から気がついたのだが、この頃からミアの姿が見えなくなっていたと思う。娘は奇跡的に一命を取り留め、ゆっくり回復したのだが、意識が戻った時、ミアの行方がわからないと知ると、とても落胆した。「ミアの夢を見ていたの。ミアがずっとそばにいて私の頭を撫でてくれたのよ。私が眠ってしまいそうになると、トントンと起こしてくれて。ふざけて、パチパチまばたきをして、二つ目になったり四つ目になったりして見せて、私を笑わせるの。それで私は起きあがって、ミアと一緒にお庭で遊んだんだ」
末娘がすっかり元気になって、学校に戻る日、ミアがもとの飼い主のおばあさんの庭で見つかった。母猫モリーの眠る庭の隅っこで丸くなっていた。目は堅く閉じられ、モリー同様、再びあの愛嬌のある四つ目を見ることはなかった。
あれから近所で猫を見かけるたび、顔をのぞいてみるけど、ミアのような四つ目猫に出会うことはない。モリーとミアは勇敢で優しい猫として、私たち家族の心の中で永遠に生きるだろう。