【ショートショート】道連れ
僕が小学生の頃、タイムトラベルをテーマにしたSF小説やドラマがはやった。映画の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のような明るさはなく、底知れぬ不気味さだけが残った。僕はすっかり入れ込んで、家族と夕飯を食べている時なんかも〈もし今、ちょっと先の未来からもう一人の僕が帰ってきたら家族はどっちの僕を信じるのだろう〉なんて想像して薄ら寒くなったものだった。タイムトラベラーたちの常として、過去や未来に行った時に、自分自身に会ってはいけない、事実を変えるような行動をとってはいけない、という大原則があったと思う。歴史に歪みが生じてしまうからだ。
◇
先日、会社から帰宅する途中、中学の同級生のKと会った。Kとはサッカー部で一緒だった。久しぶりに見る彼は、出汁を取り終えた煮干しみたいにヘナヘナな僕とは違って、やけに元気で快活だった。向こうから僕に気づいて声をかけてきた。そうでなけれは、僕は彼がKだとは分からなかったかもしれない。
「なんだ、Kか!元気そうだな」
そのまま立ち話で別れるのも惜しい気がしたので、駅前の焼き鳥屋に二人で入った。近況などを話すうちにKが、
「最近フットサルを始めてさ。おまえもやらない?」と誘ってきた。若々しいKが羨ましくもあり、それなら一度練習を見に行くよ、ということになった。
待ち合わせの場所に現れたKは、この前とはまるで様子が違った。とても疲れているようで目の下に大きなクマができていた。痩せて見えて、ワイシャツと首の間に何本も指が入りそうなくらいだった。隙間からのぞく首には皺があり、頭には白いものが目立った。僕をチームのメンバーに紹介すると、「腰痛がひどいんで今日は帰るわ」と言って消えてしまった。年寄りみたいなこと言うなよ、と言いかけてやめた。よほど仕事が忙しいんだろうと思い、気にはしなかった。
それから数日後、Kから先日の詫びを告げる葉書が届いた。ラインも交換したのに、今どき葉書とは随分丁寧なやつだな、と思って目を落とすと、そこに書かれた文章と文字に驚いた。
「このまえはごめんね。こんどうちであそぼう。ままがほとけーきをつくてくれるて」
なんだこりゃ?ふざけてるのか、あいつ。
「まま」って誰よ。小さい「っ」が抜けてるぞ。ホットケーキのイラストだけはヘタウマ的な味があるけどさ。もう一度表に裏返すと、宛先と宛名だけは大人の字だった。まさしく幼児の手紙だった。
次にKと会ったとき、彼は一番最初に会った快活な男として現れた。僕が訝しがっていると、「話があるんだ」と言った。この前の焼き鳥屋はどうか、と誘ったが、人に聞かれたくないから公園に行こうと言った。
日が暮れて、誰もいない公園のベンチに座るとKは話し始めた。
「もう気づいてると思うけど、僕は普通の人と違うんだ。高校生の時にふとしたことから自分はタイムトラベラーだと知った。それからというもの、過去に行ったり未来に行ったり好きなだけこの能力を楽しんだ。それがある時、どうしてもそうしなきゃいけない理由があって、僕は原則を破った。つまり、過去の自分に会って、事実を変えてしまったんだ。それがもとで僕は永遠の時空に放り出された。そして自分の意思に反していろんな〈時〉に現れては消え、現れては消えるようになった。当然、まともな社会生活は送れない。だから誰にも見えない存在になったんだ」
「ちょっと待ってくれ。僕には君が見えるよ」
「そうだ。それは君を一時的にこっちの時空に引っ張り込んでいるからなんだ。僕だってたまには誰かと話もしたいさ」
そう言ったKの横顔に彼の中学生の時の幼い面影が浮かんだ気がした。
「君は小学生の時、タイムトラベルの小説やドラマにはまっていただろう。普通の人よりこのこと関して想像力を持ち合わせているだろうと思ってね」
「持ち合わせていたらなに?」
次の瞬間、僕は幼稚園の砂場にいた。隣でKという名札を付けた男の子が、僕を見てニヤっと笑った。